投稿日:2026.09.13 最終更新日:2026.09.20
創薬AIは「薬の候補」の先が難しい|8事例と参入条件
創薬AIで、薬はどこまで作れるのか。
研究の進展と事業としての実用化を、国内外8事例で読み解きます。
創薬AIとは、AI(人工知能)を使い、新しい薬の候補を探したり、性質を予測したりする技術です。文献を調べるサービスから、人で効果や安全性を確かめる臨床試験まで、取り組みは広がっています。ただし、候補が見つかることと、治療に使える薬になることは違います。創薬AIの価値は、候補を増やすことではなく、次の実験で何を確かめるかを絞ることです。本記事では、国内外8事例を通じて、各社が何を提供し、どこまで進んでいるかを整理します。市場の見方に加え、研究データや実験設備、業界の知識を生かす参入方法も解説します。薬づくりをすべて担うのか、研究の一工程を支えるのか。その違いから、自社が取り組める仕事を考えます。
この記事の結論
AIが出した候補を、次の実験の判断材料に変えることが価値です。
- 候補の予測・実験・人での確認を分けて、創薬AIの役割を解説
- 国内外8事例を、臨床試験・研究連携・提供中のサービスで比較
- データ、実験設備、業界知識から参入方法と懸念を整理
目次
創薬AIとは?薬づくりのどこを支える技術か
創薬とは、新しい薬を生み出すための研究開発です。出発点では、病気に関わる体内の働きを調べます。続いて、その働きに作用する物質を探します。AIが支えるのは、こうした探索や予測の仕事です。
たとえば、ある病気に関係しそうなタンパク質が見つかったとします。次に考えるのは、どの物質を使えば、その働きを変えられるかです。候補を一つずつ試すには、時間も費用もかかります。そこでAIを使い、試す価値がありそうな候補を絞ります。
「標的」「候補」「薬」は同じではない
創薬の記事では、似た言葉が並びます。最初に、次の3つを分けると読みやすくなります。
- 標的:薬で働きを変えたい体内の相手。タンパク質などが該当する
- 候補:標的に作用する可能性がある物質。まだ効果や安全性の確認が必要
- 薬:必要な評価を経て、承認された用途で使用される医薬品
AIが見つけた新しい標的は、薬そのものではありません。設計した候補が標的に結び付いても、体内で十分に働くとは限りません。別の場所に作用し、望ましくない影響が出る可能性もあります。
そのため、AIの予測は実験につなげて評価します。米国食品医薬品局(FDA)と欧州医薬品庁(EMA)の原則も、用途を明確にすることを重視しています。データ管理や性能評価、人の関与も重要な項目です。FDA・EMAの創薬AI原則
候補を出すだけでなく、実験結果を次に生かす
実際の研究は、AIに一度聞いて終わりではありません。候補を作り、試し、結果を見て、次に試すものを選び直します。予測が外れた理由を調べることも、研究の一部です。
たとえば、細胞の試験ではよく働いた候補でも、体内ではすぐ分解されるかもしれません。その場合は、効き方だけでなく、体内での安定性も考えて設計を変えます。一つの成績が高いだけでは、薬の候補として十分ではないのです。

材料開発なども含めた研究全体へのAI活用は、AI for Scienceの記事で整理しています。本記事では、薬の候補を生み出し、評価する仕事に絞って考えます。
実用化はどこまで進んだ?研究サービスと薬を分けて見る
「創薬AIは実用化したのか」という問いには、二つの答えが必要です。研究者が使うソフトやサービスとして提供されているものがあります。一方、AIを使って生み出した候補薬では、臨床試験が続く取り組みがあります。
研究に使えるサービスと、患者に使える薬は、別の実用化です。
サービスの売上は、研究現場で使われている証拠になる
分子の性質を調べるソフトを製薬企業へ提供すれば、薬が承認される前でも利用料を得られます。Schrödingerは、ソフトウェアと創薬の売上を分けて開示しています。これは、研究を支える道具としての事業が成立している例です。同社の2026年第2四半期決算
ただし、売上があるから、その道具を使った薬の成功率が高いとは言えません。購入されている事実と、臨床での効果は、別の根拠で確認する必要があります。
事業として見るなら、まず「誰が何のために買ったか」を読みます。研究者の候補選びを助けるのか、計算時間を減らすのか、共同研究を始めやすくするのか。同じ創薬AIでも、顧客が払う理由は異なります。
臨床試験に進んだことは重要だが、承認とは違う
臨床試験は、人を対象に薬の効果や安全性などを調べる試験です。一般に、初期の安全性確認から、対象患者での検討、より大きな規模での検証へ進みます。病気や試験計画により、具体的な設計は異なります。
Insilico Medicineは2026年7月、候補薬rentosertibの第3相試験開始を発表しました。研究の予測から人での検証へ進んだ例として重要です。ただし、この発表は承認取得の発表ではありません。Insilicoの発表
企業発表を読む際は、「候補を設計」「実験で確認」「臨床試験を開始」「承認」のどれなのかを確認します。AIを使った範囲も見ます。標的探しだけなのか、分子の設計にも使ったのかで、実績の意味が変わるためです。
創薬AI企業の8事例から、提供物と進展を読み解く
創薬AIの企業は、すべて同じ市場で競っているわけではありません。自社で薬を育てる会社もあれば、研究の道具や連携基盤を提供する会社もあります。
下表では、何を提供し、誰が使い、どの段階にあるかを整理しました。日立・MOLCUREは、一つの共同事例として数えています。続く解説では、それぞれが研究のどの問題に取り組むかを見ます。
| 企業・取り組み | 何を提供・開発するか | 主な利用者・相手 | 公表資料で確認できる段階 |
|---|---|---|---|
| Insilico Medicine | 標的探索、分子設計、自社の候補薬 | 製薬企業・医薬品開発者 | rentosertibの第3相試験開始を発表 |
| Isomorphic Labs | 分子の構造や結合を予測する設計基盤 | 製薬企業 | IsoDDEを発表、製薬企業と研究連携 |
| Recursion | 実験データとAIを組み合わせる探索 | 製薬企業 | Genentechが共同研究の標的選択権を行使 |
| Schrödinger | 分子シミュレーションとAIのソフト | 製薬企業・研究開発企業 | ソフトウェア売上を計上 |
| FRONTEO | 文献解析と専門家による創薬仮説の支援 | 製薬企業・研究者 | Drug Discovery AI Factoryを提供 |
| 日立・MOLCURE | データとAIモデルを秘匿する研究基盤 | 製薬企業・大学・創薬企業 | 検証を完了、2026年度のサービス開始へ検討 |
| 中外製薬 | 抗体の配列を設計するMALEXA | 自社の創薬研究者 | 複数の研究プロジェクトで活用 |
| NVIDIA | 計算、モデル、研究ツールをつなぐ基盤 | 創薬AI開発者・研究者 | BioNeMo Agent Toolkitなどを発表 |
出典:各社の公式資料。具体的な発表日と根拠は、以下の事例ごとに記載しています。
1.Insilico Medicine:AIで考えた候補を、人での試験につなぐ
Insilico Medicineは、病気の標的探しと分子設計にAIを使っています。rentosertibは、特発性肺線維症の候補薬です。これは、肺が硬くなり、呼吸が難しくなる病気です。同社は2026年7月7日、第3相試験の開始を発表しました。
同社の説明では、PandaOmicsで標的の候補を絞り、Chemistry42で分子を設計しました。予測を出すだけでなく、実験や臨床試験へ候補を進める事業です。Insilicoの公式発表
この例から見えるのは、AIの開発と薬の開発では、必要な体制が違うことです。薬を自社で育てるなら、試験を設計し、実施を管理する機能が必要になります。候補の設計が速くても、その後の責任は残ります。
イノベーション総研では、異業種の参入時に、この二つを分けるべきだと考えます。自社で薬を持つことを目指すのか、候補の評価を支えるのか。最初の選択で、必要資金も提携先も変わります。
2.Isomorphic Labs:構造の予測を、分子の設計へ広げる
Isomorphic Labsは2026年2月、創薬の設計基盤IsoDDEを公表しました。分子の構造だけでなく、どこに結び付き、どの程度結び付きやすいかも予測する方向です。薬の候補を選ぶ研究者の判断を支えます。IsoDDEの発表
同社はEli LillyやNovartisと共同研究契約を結んでいます。計算技術を、製薬企業が持つ研究課題や開発機能と組み合わせる形です。研究連携の発表
ここで区別したいのは、予測問題で高い成績を出すことと、薬が人に効くことです。標的との結び付きは重要な性質ですが、それだけで安全性や体内での働きまで決まりません。
事業の観点では、汎用のAIを提供するだけではなく、相手が解きたい研究課題に合わせる点が参考になります。対象を広げる前に、何を予測すれば相手の実験計画が変わるのかを絞る必要があります。
3.Recursion:実験のデータを、次の探索に戻す
Recursionは、実験とデータ解析を組み合わせて創薬を進めています。2026年8月の発表では、Genentechが神経科学領域の標的について、最初の選択権を行使したと説明しました。検証した標的を、共同研究の次の段階へ進める動きです。Recursionの発表
これは、薬の承認ではありません。研究連携の中で、相手が標的を選び、その先の探索を進める段階です。提携のニュースでも、どの成果に対して相手が次へ進むと決めたかを読むことが大切です。
イノベーション総研が注目するのは、予測と実験の間をつなぐ仕事です。実験の条件が毎回違えば、結果を比較しにくくなります。試料や測定条件をそろえ、予測と実測の差を記録する仕事に意味があります。
実験設備を持つ会社なら、単に測定を受託するだけでなく、次の予測に使えるデータを返す役割が考えられます。ただし、データを再利用できるかは、研究相手との取り決めが必要です。
4.Schrödinger:研究の道具を売り、共同創薬も行う
Schrödingerは、分子の性質を計算するソフトウェアを提供しています。物理法則に基づくシミュレーションとAIを組み合わせる会社です。2026年第2四半期のソフトウェア売上は3,250万ドルでした。同じ発表で、AIによる研究支援機能Bunsenの先行提供にも触れています。同社の決算発表
この例は、創薬AIの収益が、将来の薬の販売だけではないことを示します。研究者が使う道具には、薬の開発結果とは別に対価が生まれます。一方、同社は創薬事業も持っています。ソフトの販売と共同研究を、同じものとして数えないことが重要です。
異業種が参考にしやすいのは、既存の研究手順に入る道具という考え方です。新しい画面が便利でも、結果を別のシステムへ手入力する必要があれば、負担は残ります。
導入前に、誰が入力し、誰が結果を確認するかを決めます。研究者が普段使う道具との接続まで含めると、販売後に必要な支援も見えます。
5.FRONTEO:文献のつながりから、研究仮説を考える
FRONTEOのDrug Discovery AI Factoryは、独自AIのKIBITを使う創薬支援です。文献などを解析し、病気や遺伝子の関係を調べます。AIだけで完結させず、専門の研究者が仮説づくりを支援する点が特徴です。FRONTEOのサービス説明
たとえば、既存の研究で十分に注目されていない関係を、次に調べる候補として挙げる使い方です。ここで得るものは、検証前の研究仮説です。文献の中で関係が見えることと、病気の原因であることは同じではありません。
この形なら、提供物を「新しい薬」ではなく、「根拠と未確認点を整理した仮説」として設計できます。顧客が次の実験を選べるところまで整えることが価値になります。
イノベーション総研では、文章を大量に要約するだけでは差別化しにくいと考えます。どの文献が判断を支え、どこに反対の結果があり、何を追加で確かめるか。疾患の知識を使うのは、この部分です。
6.日立・MOLCURE:秘密を守りながら、研究相手とつなぐ
日立とMOLCUREは2026年4月、創薬向けの研究連携基盤を発表しました。製薬企業などのデータと、創薬企業のAIモデルを、互いに開示せず利用する構想です。3月に検証を終え、2026年度のサービス開始へ検討を進めるとしています。日立の発表
最初は抗体を対象にする計画です。抗体とは、特定の相手に結び付くタンパク質で、医薬品にも使われます。MOLCUREのAIと日立の情報管理技術を組み合わせる取り組みです。両社の共同発表資料
この事例の論点は、精度の高いAIがあっても、研究データを渡せなければ連携が進まないことです。データの持ち出しを減らす技術は、共同研究の入口を広げる可能性があります。
ただし、技術的に見えなくすることと、利用権を決めることは別です。誰の研究に使えるか、得られた結果を誰が持つかは、合意が必要です。開始に向けた計画を、すでに広く利用されるサービスとして扱わない点にも注意します。
7.中外製薬:抗体を設計し、複数の性質を整える
中外製薬は、抗体の配列を設計するMALEXAを開発しています。配列とは、抗体をつくるアミノ酸の並びです。AIで配列のパターンを学び、候補を提案・選択します。同社は、複数の研究プロジェクトで、強く結び付く抗体を得たと説明しています。中外製薬の創薬技術
取り組みは、結び付きの強さだけに限りません。周囲の酸性度で働き方が変わる性質なども、最適化の対象としています。薬の候補では、一つの性能を上げるだけでは足りないことがわかります。
この事例は、AIを研究者の代わりに置く話ではありません。抗体の知識と実験で評価する力を持つ会社が、その研究工程にAIを組み込んでいます。
事業として応用するなら、顧客が同時に満たしたい条件を聞くことが出発点です。「よく効きそうな候補」だけでなく、安定性や作りやすさも必要かもしれません。どの条件を優先するかは、研究相手と決める必要があります。
8.NVIDIA:研究の道具とAIをつなぐ基盤を提供する
NVIDIAは、生命科学向けのAI基盤BioNeMoを展開しています。2026年6月にはBioNeMo Agent Toolkitを発表しました。AIが研究用のモデルや道具を使い、結果を組み合わせるための仕組みです。生物、化学、遺伝子研究などを対象にしています。NVIDIAの発表
ここでの提供物は、薬そのものではありません。創薬AIを開発・運用する会社が使う計算やソフトの基盤です。研究を支える側へ、さらに道具を提供する立場と捉えると理解しやすくなります。
基盤が充実すれば、個別の会社は、疾患の知識や実験の品質に集中しやすくなります。一方、共通基盤でできる機能を作り直すだけでは、顧客が乗り換える理由は弱くなります。
参入時は、基盤に任せる部分と、自社が責任を持つ部分を分けます。研究機器との接続、結果の確認、失敗時の再実行など、現場の作業に近い部分から差を探せます。
創薬AIの市場規模と、成長の数字の読み方
Grand View Researchは、世界の創薬AI市場を2025年に23億ドルと推計しています。2026年は29億ドル、2033年は138億ドルという予測です。予測期間の年平均成長率は24.8%です。同社の市場調査
| 年 | 世界市場規模 | 数字の扱い |
|---|---|---|
| 2025年 | 23億ドル | 調査会社による推計 |
| 2026年 | 29億ドル | 予測 |
| 2033年 | 138億ドル | 予測 |
出典:Grand View Researchの創薬AI市場資料をベースに、イノベーション総研作成。対象は同社が定義する世界の創薬AI市場です。医薬品の販売市場全体ではありません。

市場の成長は、自社への発注額ではない
市場予測は、関心の大きさを知る参考になります。ただし、自社の売上計画にそのまま使えません。計算基盤、研究ソフト、データ解析、共同創薬では、買う部門も契約も異なるためです。
たとえば、研究データの整理を担う会社が、創薬AI市場全体の一定割合を取ると考えても、根拠は弱いままです。対象の製薬企業に、整理できていないデータがどれだけあるかを確認します。その業務に予算があるかも必要です。
売上を考える順序は、対象顧客、対象工程、一件の仕事の範囲、支払い条件です。市場規模は、その外側にある背景情報として使います。
国内では、企業をまたぐデータと研究の連携も論点になる
日本医療研究開発機構(AMED)は、産学連携で創薬AIの基盤開発を支援しています。企業と大学などがデータを集め、複数のAIをつなぐ方向です。AMEDの事業説明
ただし、公的な開発支援があることと、民間顧客が継続して支払うことは別です。支援期間に作った仕組みを、誰が維持するか。参加企業のデータを、どこまで使えるか。事業化では、運用と契約の条件が残ります。
自社の状況から、次に確認することを選ぶ
該当する項目を開くと、記事の読む場所がわかります。点数を付ける診断ではありません。
NEXT STEP
次のステップ
創薬AIで、自社は誰の判断を支えられるか
疾患の知識、実験設備、研究データ、システム運用の経験。自社の資産から、製薬企業のどの研究工程を支えるかを整理します。AIの開発と、薬そのものの開発を分けて考えます。
共同研究では、何を渡し、いつ対価を得るのか
企業の取り組みを事業として読むには、成果と支払いを対応させます。研究ソフトを使えることに払うのか、仮説や実験結果を受け取ることに払うのか。薬の開発が進むことを条件に払うのかで、収入の時期が変わります。
契約総額、一時金、売上を分けて読む
Isomorphic Labsが2024年に発表した契約では、一時金はLillyから4,500万ドル、Novartisから3,750万ドルでした。二つの契約は、条件達成による支払いを含め、総額で約30億ドルに達する可能性があるとされました。販売後の対価は、これとは別です。同社の契約発表
大きな契約総額と、すでに受け取った売上は違います。
節目の達成に応じた支払いは、マイルストーンと呼ばれます。たとえば、研究や開発が決めた段階へ進むことが条件になります。販売後の売上などに応じて受け取る対価は、ロイヤルティです。
これらを同じ時点の収入として扱うと、資金計画を誤ります。条件を達成できなければ、予定していた収入が入らない場合もあります。

顧客へ渡す成果物を、判断できる形で決める
ここからは、イノベーション総研の事業設計上の整理です。仮説支援なら、候補名の一覧だけではなく、根拠と未確認点を付けます。実験支援なら、測定結果だけでなく、条件や失敗した測定も残します。
ソフトを提供する場合は、使える機能と支援の範囲を決めます。相手のデータ形式が変わったとき、追加対応が料金に含まれるか。結果が出なかったとき、解析のやり直しをどこまで担うか。こうした点が、後からの費用に影響します。
顧客との話し合いでは、次の4点をそろえます。
- 成果物:仮説、候補、実験結果、ソフトのどれを渡すか
- 判定:何を満たせば、約束した仕事が終わったと判断するか
- 負担:追加実験、再解析、人による確認を誰が負担するか
- 権利:入力データ、成果物、改良したAIを誰がどこまで使えるか
研究には、期待した結果が出ない場合があります。その可能性を隠さず、何を調べ、何を記録して返す仕事なのかを決めます。良い結果だけを約束するより、顧客が次の判断に使える成果を定義することが重要です。
創薬AIの費用は、計算の外側にもかかる
AIの利用料が下がっても、研究全体の費用が同じ割合で下がるわけではありません。データの準備、試料の作成、実験、専門家による確認が残ります。何を自社で担うかによって、重い費用は変わります。
見積もりでは、予測から再実験までをつなぐ
たとえば、AIが候補を100件出したとします。候補の一覧を作る計算が安くても、100件を合成し、測定する費用は別です。試す候補を10件に絞るなら、その選択を誰が行うかも決める必要があります。
この数字は考え方を示す仮定であり、特定のサービスの実績ではありません。重要なのは、候補の件数ではなく、限られた実験予算でどの判断を前へ進めるかです。
費用は、少なくとも次の仕事に分けて確認します。
- 使えるデータを集め、条件や形式をそろえる
- AIの予測を実行し、研究者が結果を確認する
- 試料を作り、実験を行い、測定結果を整える
- 外れた予測の原因を調べ、追加の実験や解析を行う
- データと記録を管理し、システムを維持する
ソフト会社が実験まで請け負うと、見積もりの前提が変わります。実験を相手が担うなら、いつ結果を返してもらえるかを決めます。結果が戻らなければ、改善の仕事も止まるからです。
安くなった実験だけでなく、減らせた迷いを評価する
導入効果を、計算時間の短縮だけで評価すると、顧客の価値を見落とします。研究者が何日も迷っていた候補の優先順位を決められたのか。不要な実験を見送る根拠ができたのか。実験結果を再利用できる形で残せたのかも確認します。
ただし、「AIがあるので開発期間を半分にできる」といった約束は避けます。対象の工程と、比較する従来の手順を決めなければ、効果を測れません。
新しい病気に効く薬を見つける仕事と、既知の候補の性質を調べる仕事では、難しさが違います。過去の成功例で良かった成績を、そのまま新しい研究へ当てはめないことが必要です。
創薬AIへ参入するなら、自社の資産をどの仕事に使うか
最初から薬を持たなくても、研究の一工程を支える事業は考えられます。以下は、紹介した事例を踏まえたイノベーション総研の参入案です。各社が提携先を募集しているという意味ではありません。
| 参入の入口 | 顧客と支払いの対象 | 自社に必要な資産 | 補うべき提携先 | 主な懸念 |
|---|---|---|---|---|
| 疾患を絞った研究判断の支援 | 製薬企業の研究部門。仮説・根拠・優先順位の整理 | 疾患の知識、文献を評価する人材、顧客との接点 | 実験で仮説を確かめる研究機関 | 一般的な要約で終わり、判断が変わらない |
| 実験とデータ品質の支援 | 製薬企業や創薬企業。測定、条件管理、解析用データ | 実験設備、試料の扱い、測定と記録の技術 | AI開発者、必要に応じた疾患の専門家 | 試料や条件の違いで結果を比べられない |
| 機密データを扱う研究連携基盤 | 製薬企業や共同研究の運営者。接続、権限管理、記録 | セキュリティ、研究システム連携、保守の経験 | 創薬研究者、知財・法務・品質の専門家 | データの利用権が決まらず使われない |
まず、自社の強みに最も近い行を選びます。次に、その仕事へ対価を払う顧客と、不足する機能を補う相手を確認します。AIを持つことより、この二者とつながれるかが最初の論点です。
疾患の知識があるなら、研究の問いを狭くする
一つ目は、特定の病気や薬の種類に絞った研究支援です。「何でも答える創薬AI」ではなく、「この研究で次に試す仮説を整理する」と定義します。
たとえば、研究者が複数の標的候補で迷っているなら、それぞれの根拠と反対の結果を整理します。文献が少ないのか、結果が食い違うのかを分けます。次の実験で何を確かめれば判断が変わるかまで示せると、提供物が具体的になります。
必要なのは、文献を要約する力だけではありません。実験の条件を読み、異なる研究の結果を比較できる人材です。顧客自身の調査や既存サービスで十分なら、独自サービスを作る理由は弱くなります。
実験設備があるなら、比べられるデータを返す
二つ目は、AIが出した候補を試し、その結果を使える形で返す仕事です。測定の件数だけでなく、同じ条件で比較できることが価値になります。
たとえば、試料の保管条件や測定装置が変われば、差が候補の性質によるものか判断しにくくなります。条件を記録し、結果と一緒に返す設計が必要です。失敗した測定と、候補が働かなかった結果も分けます。
人の臓器の一部の性質を再現するオルガノイドも、評価の選択肢の一つです。ただし、すべての病気や反応を再現するものではありません。オルガノイドの記事では、企業の取り組みと試験基盤としての課題を整理しています。
予測が外れた実験も、次の判断に使える形で残すことが重要です。データの利用範囲を契約で確認し、顧客の許可なく別のAIの学習へ使わない設計にします。
システムの強みがあるなら、研究の受け渡しを支える
三つ目は、データやモデルを安全に使うための基盤です。研究者の代わりに仮説を考えるのではなく、研究者同士が連携できるようにします。
たとえば、実験結果を受け取るたびに形式を直しているなら、受け渡しの標準化が課題です。研究相手ごとにデータを分ける必要があるなら、権限管理が重要になります。何を誰がいつ使ったかを残す記録も必要です。
ただし、汎用のクラウド機能を並べるだけでは、研究現場に入れない場合があります。データを出す人、確認する人、共同研究を管理する人をつなぎます。技術と契約、現場の運用を一緒に設計することが参入条件です。
予測を信じすぎないために、データと責任をどう扱うか
創薬AIの懸念は、AIが間違うことだけではありません。正しい範囲がわからないまま使うことや、結果の確認を誰も担わないことも問題になります。事業として提供するなら、用途と責任を言葉にする必要があります。
学んだデータと似ている問題だけで評価しない
過去の研究データで高い成績が出ても、新しい候補で同じ結果が出るとは限りません。学習に使ったものとよく似た候補だけで試すと、実際より良く見えるおそれがあります。
評価では、何のデータで学び、何のデータで試したかを確認します。異なる時期や条件のデータで、どこまで使えるかも見ます。これは、AIの開発者だけでなく、実験を知る研究者と一緒に決める仕事です。
「正解率が高い」という説明だけでは足りません。何を正解とし、間違うとどんな影響が出るのかまで聞きます。候補の参考順位を出す用途と、重要な評価を支える用途では、求める確認が変わります。
共有できることと、自由に使えることを混同しない
共同研究でデータを見られても、別の案件に使えるとは限りません。解析のための利用と、AIの追加学習のための利用も分けます。研究が終わった後に、何を残し、何を削除するかも決めます。
患者由来のデータや試料を扱う場合は、同意や利用目的などの確認が必要になります。具体的な条件は、データの種類や地域、研究計画により異なります。技術担当だけで判断せず、法務や倫理・研究管理の担当者へつなぐ体制を設けます。
成果物の権利も重要です。顧客が持ち込んだデータから改良したモデルを、誰が使えるのか。候補や発明を生んだ場合、どのように扱うのか。事業の収益源になる部分ほど、曖昧なまま開始しないことが大切です。
AIを使えば、必要な評価が一律になくなるわけではない
FDAとEMAが2026年1月に公表した原則は、AIの用途、データの管理、リスクに応じた評価などを重視しています。AIを使うこと自体が、薬の品質・有効性・安全性の代わりになるわけではありません。FDA・EMAの原則
また、FDAの2025年のAI活用ガイダンスは、公開ページ上で草案とされています。これを、あらゆるAIの利用に適用される確定済みの認証制度として説明するのは不適切です。FDAのガイダンス草案
「AIなら動物試験は不要」「出力をそのまま申請に使える」とは言えません。何の目的で使い、どの根拠を補うかを個別に整理します。評価の考え方については、レギュラトリーサイエンスの記事も参考になります。
事業化の前に、顧客のどの判断を変えるかを決める
創薬AIの事業案は、技術名から作るより、顧客の研究上の迷いから作る方が具体的になります。標的を選べないのか、候補の優先順位が決まらないのか。実験結果が比較できないのか、共同研究でデータを渡せないのかを分けます。
最初の提案に、四つの情報をそろえる
相談前には、次の四つを一枚にまとめると議論が進みます。
- 顧客:どの会社の、どの研究や管理の担当者か
- 困り事:どの判断や受け渡しに、時間・費用がかかっているか
- 提供物:何を渡せば、次の判断ができるようになるか
- 不足機能:実験、データの利用権、専門人材のどれを補う必要があるか
たとえば、「AIで創薬を効率化する」では範囲が広すぎます。「特定の抗体研究で、次に測定する候補を選ぶ」と絞れば、必要なデータや相手が見えます。検証する人が決まらないなら、先にその提携を考えます。
イノベーション総研では、新規事業の市場・顧客・提供価値と実行体制を整理します。創薬の科学的な評価を代行するのではなく、研究者や専門家と組む前提で事業の形を考える支援です。新規事業の支援内容で、相談の範囲を確認できます。
参入だけでなく、提携・待機・見送りも比較する
顧客の研究課題が明確で、結果を確かめる相手がいるなら、参入を検討できます。必要な設備が足りなければ、設備を持つ会社との提携が選択肢です。
データの利用権や研究相手との合意が整っていないなら、待機する理由があります。既存ソフトの設定や運用改善で解けるなら、新しいAIの開発は見送る判断もできます。
これは消極的な判断ではありません。顧客が必要としていない機能に資金を使わず、本当に不足している仕事へ集中するための整理です。
創薬AIについて、よくある疑問
実用化の意味と、事業としての入り方に関する疑問をまとめました。具体的な候補薬の評価や研究計画は、対象領域の専門家と確認する必要があります。
まとめ:薬の候補の先にある、判断と実験を支える
創薬AIは、候補を探す技術だけではありません。文献から仮説を考える支援、分子の設計、実験データの整理、研究相手とつながる基盤まで、異なる仕事があります。
8事例を比べると、研究の道具として売上を得る会社と、自社の候補薬を臨床試験へ進める会社の違いが見えます。事業を考える際も、この二つを分けることが出発点です。
重要なのは、自社が誰のどの判断を支えられるかです。疾患の知識を使うのか、実験の品質を支えるのか、データの受け渡しを整えるのか。顧客の課題に合う一工程から、参入・提携・待機・見送りを比較します。
AIが出した候補を増やすだけでは、研究の仕事は終わりません。次に試すことを決め、その結果を次の判断へ戻せること。そこに、事業として担うべき役割があります。
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対象となる研究工程、支払う部門、実験で確かめる相手、データの利用条件を整理します。相談対象は事業計画と実行体制です。薬の有効性の評価や承認申請の専門審査は行いません。