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予防医療は「検査」から「継続介入」へ|8社に学ぶ事業機会

健康診断、遺伝子検査、ウェアラブル端末、PHR、健康支援アプリ。予防医療の周辺には、多くの商品やサービスが生まれています。

予防医療の事業を評価するときは、「測定できる」「使い続けられる」「健康に役立つ」「費用を回収できる」を分けます。例えば、次回の検査を予約した割合は継続購入の手掛かりですが、病気を防げた割合ではありません。

検査・支援の妥当性と安全性を確かめ、対象者・医療への接続・支払者を一緒に設計します。

本記事では、予防医療の基本、市場の見方、業界構造を整理します。そのうえで、国内外8社の取り組みを詳しく見ていきます。

最後に、自社が参入するときの方法と、見落としやすい懸念をまとめます。

情報確認日:2026年9月28日。企業の公表事実と当研究所の事業設計上の考察を分けています。

本記事は個人への受検・治療の推奨ではありません。症状や検査結果については医療機関へ相談してください。

この記事の結論

予防医療の事業化では、検査・支援の有用性と、継続運用に必要な費用・責任を確認します。

  • 予防医療は、発症予防、早期発見、重症化・再発予防の三段階に分けて考えます。
  • 国内外8社は、測定、データ統合、解釈、行動支援を異なる方法でつないでいます。
  • 参入余地は、課題特化、検査流通、PHR運用、専門職の介入支援にあります。

目次

予防医療とは何か|一次・二次・三次を分ける

一次予防は発症を防ぐこと、二次予防は早期発見、三次予防は悪化・再発を防ぐことです。 予防医療とは、病気の発症を防ぐ取り組みだけを指す言葉ではありません。

厚生労働省は、予防を一次、二次、三次の三段階に分けています。

予防医療の三段階
段階 目的 主な取り組み 事業例
一次予防 病気の発症を防ぐ 運動、食事、睡眠、禁煙、予防接種 行動支援アプリ、ウェアラブル、健康増進プログラム
二次予防 病気を早く見つける 健康診断、検診、リスク検査 検査サービス、画像解析、受診勧奨
三次予防 悪化や再発を防ぐ 治療継続、生活改善、リハビリ 重症化予防、服薬支援、オンライン保健指導

一次予防では、毎日の行動をどう変えるかが重要です。次に、二次予防では、検査後に適切な受診へつなぐ必要があります。

そして、三次予防では、治療や生活改善を中断させないことが価値になります。

事業を考えるときは、三つを混ぜないことが大切です。対象者、支払者、必要な専門性、責任範囲が異なるためです。

例えば、健康な人向けの睡眠改善サービスと、糖尿病の重症化を防ぐ保健指導では、同じアプリを使っても事業の設計は変わります。前者は個人課金が中心になりやすく、後者は健康保険組合や自治体が支払者になる場合があります。

なぜ今、予防医療が事業テーマになるのか

日常の測定、健康情報の連携、企業・保険者の支援を、具体的な顧客課題と結び付けて考えます。 予防が以前から重要だったにもかかわらず、いま新規事業のテーマとして注目される理由は三つあります。

一つ目は、日常データを取れるようになったことです。たとえば、歩数、心拍、睡眠、血糖の変化などを、病院の外でも継続して把握できます。

その結果、年に一度の健康診断だけでは見えなかった生活の変化が分かるようになりました。

二つ目は、データをまとめる基盤が整い始めたことです。ここでいうPHRは、本人の健康・医療情報を継続的に扱う仕組みです。

実際、健診結果、診療情報、活動データなどを本人中心で管理し、サービスに生かす動きが進んでいます。

三つ目は、企業や保険者が健康課題を経営課題として捉えるようになったことです。たとえば、経済産業省が2026年に公表した「健康経営優良法人2026」では、大規模法人部門3,765法人、中小規模法人部門23,085法人が認定されました。

その合計は26,850法人です。

26,850法人は認定を受けた法人の数で、予防サービスを購入する見込み顧客の数ではありません。企業と保険者でも、休職への対応、加入者の健康支援など目的が異なります。

予算担当者が何を改善したいのかを確かめる必要があります。

継続課金を目指すなら、検査や端末の提供に加え、説明、相談、次回の確認に必要な費用を見積もります。一回の適切な検査にも価値はあり、反復利用を増やすこと自体を健康上の目的にはしません。

関連するテーマも、予防という視点で見るとつながります。フェムテックでは、月経、更年期、妊娠など、従来は見えにくかった健康課題を日常データから扱います。

ブレインテックでは、脳や神経の状態を測り、早期支援や機能改善へつなぐ試みが進んでいます。NMNを使った新規事業では、健康寿命への期待と、効果をどこまで説明できるかという課題が表れます。

PHR市場から見る成長余地と支払者

PHR市場の成長予測は参考情報であり、自社の需要は支払者・対象者・利用条件から見積もります。 市場試算に協力したPHRサービス事業協会の2025年4月公表によると、経済産業省はPHRサービス産業の市場規模を2023年3,577億円、2030年9,975億円と推定しています。

同協会は会員企業の売上動向等の調査結果を提供しています。

約2.8倍という値は将来予測の比較です。予防医療全体の実績でも、紹介する8社の売上成長率でもありません。

PHRサービス産業の市場規模試算
対象年 試算 読み方
2023年 3,577億円 基準年の市場規模推計
2030年 9,975億円 将来予測。売上の確定値ではない

市場規模を見るときに注意したいのは、「誰が支払う市場か」です。予防領域には、少なくとも四つの支払者がいます。

  • 個人:検査、ウェアラブル、サブスクリプションに支払う
  • 企業:従業員の健康支援、休職予防、生産性向上に支払う
  • 健康保険組合・保険会社:疾病リスクや給付費の改善に支払う
  • 自治体・医療機関:住民の健康増進、受診勧奨、重症化予防に支払う

同じサービスでも、支払者が変われば評価基準が変わります。たとえば、個人向けなら、使いやすさや納得感が継続率を左右します。

一方、企業向けなら、参加率と組織への効果が問われます。さらに、保険者向けなら、対象者の抽出精度と医療費への影響が重要です。

市場予測の大きさだけで参入を決めてはいけません。最初に確かめるべきなのは、自社がどの支払者の、どの課題を解くのかです。

市場を見積もるときも、対象人数に利用料金を掛けるだけでは不十分です。たとえば、対象者のうち支援が必要な人は何人か、継続して使う人は何人か、専門職の支援費や検査原価はいくらか、異常時の問い合わせを誰が受けるかといった運用条件を入れると、売上だけでなく、粗利と実行可能性が見えてきます。

測定の妥当性と、その後の対応をつなぐ|業界構造の4層

測定・データ統合・解釈・行動支援の四つを分け、自社と提携先の責任を決めます。 予防領域のサービスは、四つの層に分けると理解しやすくなります。

予防医療を支える四つの層
層 役割 必要な能力 代表的な企業・サービス
1. 測定・検査 身体や生活の状態を捉える センサー、検査技術、品質管理 Abbott Lingo、Dexcom Stelo、Craif
2. データ統合 複数の情報を本人単位でつなぐ PHR、ID、同意、API、データ標準化 JMDC Pep Up、Oura
3. 解釈・判定 データを意味のある示唆へ変える 医学知識、分析、AI、説明設計 Function Health、PREVENT Myscope
4. 行動・医療接続 行動を促し、必要時に専門家へつなぐ コーチング、導線設計、医療連携 PREVENT Mystar、Neko Health

四つの層は一社が複数を担う場合もあります。Neko Healthは測定と医師による説明を同じ拠点で提供し、必要に応じて専門医への紹介につなぎます。

PREVENTはリスク分析と専門職による生活習慣改善支援を提供しています。

一方、すべてを内製する必要もありません。センサー企業が医療機関と組む方法もあれば、企業向けの販売力を持つ会社が、検査会社と行動支援会社を束ねる方法もあります。

前後のサービスがつながっていても、測定の精度や支援の安全性に問題があれば価値は成立しません。技術の妥当性と、結果を受け取った人が適切に相談・受診できる運用を、別々に点検します。

予防医療を動かす8社の取り組み

導入先の数、次回予約、本人の自己評価は、それぞれ違う指標で、健康改善の証明とは分けて読みます。 ここからは、測定、データ統合、解釈、行動支援を実際にどう組み合わせているかを見ます。

企業名を並べるだけではなく、顧客、価値、収益の取り方まで整理します。

国内外8社の比較
企業・サービス 主な顧客 提供価値 事業設計の特徴
Abbott「Lingo」 米国で、インスリンを使用しない18歳以上 グルコース変化の可視化と生活改善 センサー販売とアプリを組み合わせる
Dexcom「Stelo」 米国の非インスリン成人(低血糖に関する対象制限あり) 市販型CGMとアプリ内支援 定期購入で継続接点を持つ
Oura 個人、企業・研究パートナー 睡眠・活動などの継続的な記録 デバイスと会員課金、AI助言を組み合わせる
Function Health 健康管理に投資する個人 年間160超の検査と医療者の確認 年会費で反復検査と履歴を提供する
Neko Health 予防的な全身チェックを求める個人 約1時間の検査と医師面談 専用拠点で測定から行動計画まで統合する
Craif「miSignal Scan」 個人、医療機関、薬局 尿中マイクロRNAによるリスク検査 自宅採尿と広い流通網を組み合わせる
JMDC「Pep Up」 健康保険組合と加入者 健診・医療費・活動データのPHR 保険者を入口に加入者との接点をつくる
PREVENT「Myscope/Mystar」 保険者、企業、自治体 高リスク者抽出と生活習慣改善支援 データ分析と専門職の伴走をつなぐ

各社の利用対象と、確認できる成果の範囲を踏まえて読む必要があります。以下では、公表された事実と事業設計上の示唆を分けて説明します。

Abbott Lingo|グルコース変化と生活の関係を見せる

Lingoの米国向け製品案内では、腕のセンサーでグルコースの変化を測り、食事や運動との関係をアプリで示します。対象はインスリンを使用していない18歳以上で、糖尿病を含む病気の診断用ではありません。

測定結果を基に医療上の対応を取る前に、専門職へ相談するよう案内しています。

特徴は、数字を表示するだけで終わらない点です。具体的には、どの食事で変化したか、活動がどう影響したかを日常の言葉に置き換えます。

そのため、利用者は、食事を記録しながら、自分に合う選択を探せます。

事業面では、センサーの反復購入が売上の土台です。さらに、企業やサービス事業者との提携によって、食事、運動、福利厚生へ広げる余地があります。

参考になるのは、測定と生活記録を結び付ける設計です。ただし、米国での対象者や利用条件を、日本での販売可否や効果の根拠へそのまま流用できません。

事業提案では対象市場ごとの規制・表示を確認します。

Dexcom Stelo|医療機器の知見を一般向けへ広げる

FDAは2024年3月、Steloを米国初の処方箋不要の持続グルコース測定器として販売可能としました。18歳以上でインスリンを使用しない人が対象ですが、問題となる低血糖がある人は対象外です。

処方箋不要で買えることと、医療機器規制の対象外であることは異なります。

医療技術を一般向けへ展開する際も、利用対象と機能の限界が重要です。FDAは、このシステムが危険な低血糖を知らせるよう設計されていないことや、専門職へ相談せず測定値で医療判断をしないことを示しています。

一方で、予防サービスには境界があります。たとえば、測定結果だけで薬や治療を変えるものではありません。

そのため、異常が疑われるときに、誰へ相談するかを明確にする必要があります。

Oura|睡眠データを毎日の意思決定へ変える

Ouraは、指輪型デバイスから睡眠、心拍、体温傾向、活動などを取得し、アプリで日々の状態を示します。単一の検査ではなく、本人の通常状態を長く学習する点が特徴です。

Oura Advisorは、睡眠や活動などのデータと目標を基に、説明や提案を行う任意参加のAI機能です。利用者は話し方や確認の頻度を調整できます。

この機能の説明だけから、指輪自体がグルコースを測るとはいえません。

利用頻度を高めるだけでなく、通知や説明の量を本人が調整できる点が参考になります。同社もAIの出力には誤りがあり得ると説明しており、助言の便利さと、医学的な判断を任せられるかは分けて評価します。

Function Health|検査を年会費型の健康管理へ変える

米国向けのFunction Healthの案内は、年会費365ドル、年間160超の検査を掲げています(2026年9月28日確認)。年2回の検査機会と履歴、医療者の確認を組み合わせていますが、160種類の病気を確実に発見するという意味ではありません。

項目によって回数が異なり、MRI・CT等には別料金の追加サービスがあります。

事業モデルとしては、検査後の説明や履歴を会員サービスに含める点を参考にできます。一方、検査数を増やすことと健康上の利益は別です。

米国国立がん研究所の検診の解説も、利益と、偽陽性・偽陰性や過剰診断などの不利益を比較する重要性を示しています。これは同社の商品を評価・推奨した資料ではなく、検査事業を見る際の基本的な視点です。

日本で同じ型を考える場合は、検査の適法性、医師の関与、異常値への対応、地域の医療機関との接続を設計する必要があります。会員数を増やすほど、説明とフォローの品質管理が重要になります。

Neko Health|全身スキャンと医師面談を一つにする

Neko Health Scanは、専用拠点で皮膚、心血管、血液、代謝などを確認し、約1時間の検査と医師による結果説明を組み合わせるサービスです。

設備、ソフトウェア、医療者との対話を同じ拠点にまとめている点が特徴です。ただし、必要な診療がすべて完結するわけではなく、所見に応じた専門医への紹介なども案内しています。

2026年7月15日の公式発表では、英国とスウェーデンで10万人超が検査を受け、75%が初回の終了時に次回を予約し、前払いもしたとしています。「予約または前払い」ではなく、両方を行った割合です。

購入意向と支払いの指標として参考になりますが、次回の受診完了率や健康改善率ではありません。

新規参入の難所は、専用設備への投資と医療人材の確保です。その代わり、体験全体を統制できるため、データ品質と顧客体験を差別化しやすくなります。

そのため、設備産業や健診施設を持つ企業には、検討余地のある型です。

Craif miSignal|自宅の検査を医療・薬局網へつなぐ

CraifのmiSignalシリーズのうち、miSignal Scanは尿中のマイクロRNAをAIで解析し、10種類のがんのリスクを調べるサービスです。シリーズには別の検体や解析方法を使う商品もあるため、一括して同じ尿検査とは扱いません。

同社は2026年2月20日にmiSignalの導入先が2,000超の医療機関、2025年12月5日に取扱薬局・ドラッグストアが4,000店舗超になったと公表しています。いずれも全国47都道府県への展開を示す数字で、検査を受けた人数や健康改善の実績ではありません。

時点と区分が異なるため、単純に足して利用規模を評価しません。

同社は、miSignalは医療機器ではなく診断を行わないこと、低リスクの結果でもがんがないことや将来の発症を否定しないことを説明しています。事業者は販売窓口だけでなく、結果の限界を伝える説明と、必要に応じた医療相談先を設計します。

JMDC Pep Up|保険者を入口にPHRを日常へ入れる

JMDCのPep Upは、健康保険組合などを通じて加入者に提供されるPHRサービスです。健診結果や医療費情報を確認でき、健康記事、イベント、歩数などの機能を通じて行動を促します。

2023年4月14日の発表では、4月24日からOMRON connectとのデータ連携を始め、当初は体重データを対象とする予定を示しました。健診時だけでなく日常の記録につなぐ具体例ですが、この発表は、その後の利用率や医療費削減を実証したものではありません。

個人向けアプリとの違いは、保険者を入口にしていることです。実際、保険者は対象者の健康課題を把握し、加入者へ働きかけられます。

一方、利用者は、自分の健診や医療費の情報を一つの画面で見られます。

参入するなら、利用者の便利さと、支払者が必要とする成果指標を両立させる必要があります。企業や保険者との顧客基盤を持つ会社に向く型です。

PREVENT Myscope・Mystar|データ分析を専門職の支援へつなぐ

PREVENTは、健診と医療費データを使って健康リスクを整理するMyscopeと、オンラインで生活習慣の改善を支えるMystarを提供しています。

Myscopeの案内は、約100万人分の健診・レセプトデータを用いたアルゴリズムで、対象者を8段階のリスクに整理すると説明しています。「100万件の検査」や現在の契約人数ではありません。

Mystarは生活習慣病で治療中の人などを対象に、専門職が生活改善を支えるサービスで、一般の健康な人向けアプリとは対象が異なります。

10周年サイトでは、2018年9月~2026年3月の累計で導入200団体・地域超、サービス利用者1万人超を報告しています。加えて、2024年11月~2025年10月の終了後アンケート回答者1,362人では、93%が良い習慣が身に付いたと回答しました。

5段階評価の上位2区分を合計して四捨五入した割合です。

「93%」は終了後に回答した人の自己評価で、全参加者の健康改善率ではありません。継続支援の受け止め方を示す一方、参加しなかった人や中断した人の結果、客観的な健康指標への効果は別途確認する必要があります。

自社の検証でも、参加者・完了者・回答者の人数を分けて記録します。

8事例から考える事業化条件|利用・健康・採算を分けて測る

参加・継続利用、健康上の効果、事業の採算を別々に測り、次の契約や対象拡大を判断します。 8事例は、規制上の位置づけも、対象者も、開示されている成果も異なります。

次の整理は当研究所の事業設計上の考察であり、8社すべての健康効果や黒字化を示す成功法則ではありません。

参考になるのは、測定後に説明、相談、生活上の支援、必要な受診へつなぐ設計です。ただし、本人に不要な検査や通知を増やすことではなく、対象者に適した支援になっているかを確かめます。

LingoとSteloは、センサーの数字を食事や行動の理解へ変えます。また、Ouraは、日々のデータから本人の通常状態を作ります。

さらに、Function HealthとNeko Healthは、反復検査や次回予約によって継続関係を作ります。

Craifは自宅検査を医療機関や薬局へつなぎます。一方、JMDCは保険者を通じて対象者との接点を作ります。

そして、PREVENTは、データで対象者を絞り、専門職の支援へつなぎます。

事業計画では、測定・支援の妥当性を前提として、次の四点を確認します。

  • 変化を追えること:一度の値ではなく、本人の傾向を捉える
  • 意味を説明できること:専門用語を、行動できる言葉へ変える
  • 次の行動を用意すること:食事、運動、相談、受診などへつなぐ
  • 支払者へ成果を返すこと:利用率や改善状況を、適切な範囲で示す

実績を読む際は、導入・購入、継続利用、健康上の効果、費用対効果を分けます。導入先が多くても本人が使っていない可能性があり、使われていても健康上の利益が確認できるとは限りません。

専門職の支援時間や相談対応を含めた採算も別に検証します。

健康情報の閲覧権限も役割別に設計します。雇用主の人事担当者、健康保険組合の担当者、医療職、本人では必要な情報が異なります。

個人情報を扱う根拠と利用目的を確認し、それぞれに必要な範囲へ絞ります。「企業も保険者も集計値だけ」と一律に決めるのではなく、集計値でも少人数から個人を推測できないか点検します。

架空例|参加率と完了率を分け、更新契約を判断する

企業向けの生活習慣支援を導入すると仮定します。以下は計算方法を示す架空例で、前述の企業の実績ではありません。

対象者1,000人に案内し、200人が参加、140人が完了した場合、参加率は20%、参加者の完了率は70%ですが、対象者全体に対する完了割合は14%です。

架空例:支払者へ報告する数字を分ける
確認事項 集計・記載の例 次の判断
届いたか 対象1,000人・参加200人:参加率20% 案内が届かない、条件が合わないなど未参加の理由を確認
続けられたか 参加200人・完了140人:完了率70% 中断の理由や、支援時間・負担を確認
健康に役立ったか 目的に合う健康指標、測定時点、比較対象、欠測・不利益を事前に決める 参加率や満足度で健康効果を代用しない
続けて提供できるか 総費用を参加者数だけでなく完了者数でも割る。人件費・検査費・相談費を含める 必要な安全性・支援品質を満たしたうえで、契約額と体制を判断

更新会議では、誰に届き、どこで中断し、どの結果まで確認できたかを説明します。短期間で変化を測れない指標は、評価期間を先に合意します。

安全性や有用性が不明なまま、利用率や売上だけを理由に対象者を広げないことが重要です。

NEXT STEP

次のステップ

「予防医療へ参入したい」を、支払われる健康課題へ。

支払者、対象者、必要なデータ、行動支援、医療接続、責任範囲、提携先と見送り条件を整理します。

予防医療で考えられる4つの参入方法

顧客接点、検査の流通、データ運用、専門職支援から、自社が安全に担える仕事を選びます。 新規事業では、検査技術を持つ企業だけが参入できるわけではありません。

自社の資産に応じて、四つの方法が考えられます。

予防医療の四つの参入方法
参入方法 向く企業 提供する価値 主な提携先 最初に確かめる条件
課題特化サービス 特定業界の顧客基盤を持つ企業 夜勤者の睡眠、運転者の疲労など、狭い課題を改善する デバイス、医療職、研究機関 課題に予算があり、行動を変えられるか
測定・検査の流通支援 店舗、EC、会員網を持つ企業 検査を受けやすくし、相談・受診へつなぐ 検査会社、薬局、医療機関 陽性・高リスク後の導線を用意できるか
PHR・データ運用 IT、保険、福利厚生に強い企業 データをまとめ、本人と支払者に必要な情報を返す 保険者、医療機関、データ保有者 同意、標準化、利用率を運用できるか
介入・運営プラットフォーム 人材、コールセンター、現場運営を持つ企業 対象者の選定から専門職支援までを担う 保健師、管理栄養士、医療機関 支援品質と一人当たり原価を両立できるか

各社の利用対象と、確認できる成果の範囲を踏まえて読む必要があります。以下では、公表された事実と事業設計上の示唆を分けて説明します。

1. 業界特有の健康課題へ絞る

自社がすでに知る業界の課題へ絞る方法があります。物流会社なら運転者の睡眠や疲労、建設会社なら暑熱と身体負荷、コールセンターならメンタル不調の早期支援などが考えられます。

対象を絞ると、導入理由と評価指標を具体化できます。「従業員を健康にする」では予算化しにくくても、「事故リスクを下げる」「欠勤を減らす」なら、既存の費用と比べられます。

2. 検査と受診の間をつなぐ

検査会社は、測定技術を持っていても、全国の顧客接点を持たない場合があります。店舗、金融、保険、EC、会員基盤を持つ企業は、受検機会と相談先を設計できます。

ただし、販売だけを担うモデルには注意が必要です。高リスク結果が出た後の問い合わせ、受診先、心理的な負担まで考えなければ、顧客体験が崩れます。

3. データを運用できる形へ整える

PHRでは、データを集めることより、使える状態を保つことが難しくなります。取得目的、本人同意、アクセス権、更新、誤りの修正、削除までを運用しなければなりません。

IT企業には、医療データの標準化やAPI接続だけでなく、同意管理や監査の支援に参入余地があります。医療判断そのものを担わず、信頼できる運用基盤を提供する立場です。

4. 専門職の介入を拡張する

専門職が対応できる時間には限りがあります。対象者の選び方と、人が確認する場面を先に定め、支援の質を保ちながら運用できる人数を見積もります。

リスク分類の精度だけでなく、対象から漏れた人への対応も点検します。

AIは記録の整理や説明文案などを支援する候補になります。利用目的に応じて誤りの影響、専門職の確認、規制上の扱いを検証し、異常時は必要な医療相談へつなぎます。

自動化率ではなく、安全に対応できた範囲と支援品質で評価します。

研究開発力を持つ企業は、オルガノイドのような検査・創薬基盤へ進む選択肢もあります。しかし、研究用サービスと一般消費者向け予防サービスでは、販売方法も責任も異なります。

自社技術を誰の意思決定に使うのかを先に決めることで、必要な規制対応と提携相手が絞れます。

予防医療事業を、六つの詰まり方で整理する

規制、表現、データ、医療接続、利用率、支払者の未確認条件を見つけます。

01 規制境界が曖昧

利用目的と医療判断への影響を確認します。

  • 診断・治療を目的とするか
  • 承認や認証は必要か
  • 医療職へ渡す基準はあるか
02 広告表現が強い

根拠と限界を同じ画面で示します。

  • 対象者は明確か
  • 効果を保証していないか
  • 誤解を招く表現はないか
03 データを集め過ぎる

必要なデータだけを取得します。

  • 利用目的は何か
  • 誰が見られるか
  • いつ削除するか
04 結果後の導線がない

相談と受診の流れを先に作ります。

  • 誰が説明するか
  • 緊急時はどうするか
  • 提携医療機関はあるか
05 使われなくなる

日常の動作へ支援を組み込みます。

  • 初回利用は簡単か
  • 通知は多すぎないか
  • 離脱理由を取れるか
06 支払者が曖昧

改善する費用や損失を決めます。

  • 誰が契約するか
  • 成果指標は何か
  • 更新条件は何か

事業化で見落とせない規制・データ・責任

規制、広告、個人情報、誤判定への対応、利用の継続、費用対効果を初期から確認します。 予防サービスは、健康を扱うため、便利さだけで設計できません。

次の六つを事業計画の初期から確認する必要があります。

事業化で確認する六つの懸念
懸念 起きる問題 設計時に確認すること
医療機器への該当 表現や機能によって規制対象になる 診断・治療を目的とするか、承認や認証が必要か
広告表現 効果を強く言い過ぎる 根拠の範囲、対象者、限界を説明しているか
個人情報・同意 センシティブな情報が不適切に使われる 取得目的、第三者提供、保存期間、削除方法は明確か
誤判定と見逃し 利用者が受診を遅らせる 異常時の相談・受診導線、免責ではない安全設計があるか
利用率の低下 契約しても使われず成果が出ない 初回導入、通知頻度、離脱理由を把握できるか
費用対効果の不明確さ 更新予算が付かない 誰のどの費用や損失を改善するか、比較対象は何か

各社の利用対象と、確認できる成果の範囲を踏まえて読む必要があります。以下では、公表された事実と事業設計上の示唆を分けて説明します。

健康支援と医療行為の境界を先に決める

サービスが疾病の診断や治療を目的とする場合、医療機器プログラムに該当する可能性があります。しかも、表示する文言を弱めれば済む問題ではありません。

そのため、機能、対象者、使い方、意思決定への影響をまとめて確認します。

厚生労働省のプログラム医療機器の案内は、医療目的に加え、機能が意図どおりでない場合に健康へ与える影響などから該当性を判断する枠組みを示しています。判断が難しい場合は、同ページで案内されている相談窓口を利用します。

医療機器に該当しないサービスでも、利用者が診断だと受け取る表現は避ける必要があります。「病気が分かる」と「リスクを知る」は異なります。

データの価値より、本人の納得を優先する

健康・医療情報は、本人に大きな影響を与える情報です。将来の分析に使えそうだからという理由で、必要以上に集めるべきではありません。

個人情報保護委員会のガイダンスでは、病歴や健診結果などを要配慮個人情報として扱い、取得や第三者提供には原則として本人同意が必要としています。事業者の立場、委託・提供の形態、法令上の例外も含め、法務・情報管理の担当者と運用を確認します。

たとえば、誰が何のために使うのか、本人が撤回したらどうするのか、企業向けサービスでは雇用上の評価に使われないかといった点を、利用規約だけでなく画面上でも説明します。

結果を知らせた後の責任を設計する

リスクを伝えるサービスは、通知した瞬間から問い合わせが生まれます。結果の意味、次の行動、相談先を用意しなければなりません。

緊急度が高い可能性があるときは、アプリ内の一般的な助言だけでは不十分です。そのため、医療機関、相談窓口、専門職へつなぐ基準を決めます。

さらに、事業者、提携先、医療機関の責任分担を契約と運用の両方で合わせておく必要があります。

自社は参入・提携・待機・見送りのどれか

安全性と適法性、医療への接続を必須条件にし、需要と運用体制に応じて参入・提携・待機・見送りを選びます。 参入判断では、「市場が伸びるか」だけでなく、自社が価値の流れを持てるかを確認します。

次の五つの質問が役立ちます。

  • 顧客:健康課題に困り、予算を持つ顧客と話せるか
  • データ:必要なデータを、適切な同意のもとで継続取得できるか
  • 解釈:数字を、利用者が行動できる言葉へ変えられるか
  • 運用:異常、相談、離脱、クレームへ継続対応できるか
  • 接続:必要なときに医療機関や専門職へつなげられるか

五つの条件を点数化して、一定数あれば参入できるとは判断しません。安全性、適法性、必要な医療接続は、自社または提携先で満たすべき条件です。

顧客接点はあるが医療運用が弱ければ提携を検討し、支払者が不明なら、先に予算と購入条件を確かめます。

また、成果が出るまでの時間も支払者と合わせます。というのも、生活習慣や医療費の変化には時間がかかるからです。

そのため、短期には参加率、継続率、受診率を確認し、中長期には健康指標や休職、給付費などを見る設計が現実的です。ただし、短期指標だけを追うと、通知を増やして利用者を疲れさせるおそれがあります。

追加検証や規制確認を待つ必要がある場合は、その条件と再判断の時期を定めます。安全に提供する体制や継続予算を用意できない場合は、範囲の変更や見送りを検討します。

研究受託として成立する実証と、継続サービスとしての事業化は分けて判断します。

見送るべきなのは、測定できることだけを理由に始める事業です。 測定後の行動と支払者への価値を説明できなければ、データは増えても事業は続きません。

予防医療のよくある質問

予防医療の対象範囲、事業化、市場の数字の読み方を整理します。

Q. 予防医療と健康増進は何が違いますか?

A. 健康増進は、健康状態をより良くする幅広い取り組みです。予防医療は、発症予防、早期発見、重症化・再発予防までを含みます。事業では、どの段階を対象にするかを明確にすると、顧客と成果指標を決めやすくなります。

Q. 予防医療の市場規模はどのくらいですか?

A. 市場試算に協力したPHRサービス事業協会は、2023年3,577億円、2030年9,975億円という経済産業省の推計を紹介しています。これはPHRサービス産業の試算であり、予防医療全体や特定商品の市場規模ではありません。自社の対象者、支払者、利用率に分けて見積もります。

Q. 医療機関でない企業も予防医療へ参入できますか?

A. 参入できます。顧客接点、データ基盤、行動支援、店舗・物流、専門職の運営など、多くの役割があります。ただし、診断・治療に関わる機能は、医療機器規制や医師法などの確認が必要です。医療判断を担う相手との提携も検討します。

Q. 予防医療の新規事業で最初に決めることは何ですか?

A. 最初に支払者と課題を決めます。「健康な人を増やす」では広すぎます。誰が、どの損失や不安を減らすために支払うのかを具体化します。その後で、必要な測定、介入、提携先を選びます。

Q. AIを使えば予防支援を自動化できますか?

A. AIは記録や説明文案などを支援する候補になりますが、誤りの影響と確認方法を先に検証します。医療判断に関わる機能は、用途に応じた規制と専門職の関与を確認し、異常時の相談先を用意します。自動化率より、安全な引き継ぎと支援品質を評価します。

本記事のまとめ|予防医療は「測る」から「変える」へ

予防医療の事業化では、測れる範囲だけでなく、対象者に役立つ根拠と、その後の対応・費用を示します。 予防医療は、一次予防、二次予防、三次予防に分けると、対象者と事業の違いが見えます。

PHR関連市場は拡大が見込まれますが、市場の大きさだけでは参入理由になりません。

8社の事例は、検査や日常の記録を、説明や支援、医療との接続に組み合わせる方法を示しています。導入件数、予約率、利用者の自己評価、客観的な健康指標は別の成果なので、同じものとして比較しないことが重要です。

自社が参入するなら、まず顧客課題と支払者を決めます。そのうえで、測定、データ統合、解釈、介入のどこを担うかを選びます。

足りない機能は提携で補い、結果を知らせた後の責任まで設計することが重要です。

自社の計画では、対象者にとっての利益と不利益、必要な専門性、支払者が判断する成果、運用費を一つずつ確認します。紹介事例の規模をまねるより、提供できる範囲と不足する条件を明確にすることから始めます。

参考文献

本文で使用した一次資料です。市場試算、製品条件、利用実績は、それぞれの公表時点と対象範囲に限って参照しています。

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予防医療の参入余地を、自社資産から具体化する。

顧客接点、データ、専門人材、運用体制を整理し、参入方法、収益、責任範囲、提携先と見送り条件を設計します。

ARTICLE INFORMATION

この記事の執筆・監修

執筆

イノベーション総合研究所 編集部

監修

長尾 浩平(株式会社イノベーション総合研究所 代表取締役)

外部出典

厚生労働省、経済産業省、個人情報保護委員会、Abbott、Dexcom、Oura、Function Health、Neko Health、Craif、JMDC、PREVENTの公式サイト・公表資料。根拠は本文中のリンクから確認できます。

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