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PHR(個人の健康・医療情報)は誰のための記録か|8社と事業機会

健康診断の結果は会社の健保サイト、血圧は家庭用の測定器、服薬情報はお薬手帳、検査結果は病院のシステムにあります。同じ人の情報なのに、保管場所はばらばらです。

こうした健康・医療情報を本人が管理・活用する仕組みを、PHR(Personal Health Record)と呼びます。健診、予防接種、薬、検査結果に加え、歩数、睡眠、血圧などの日々の記録も含みます。

ただし、情報を一つのアプリへ集めれば価値が生まれるわけではありません。記録が増えても、本人が次に何をするか、医療者が診療で何を見るか、保険者がどの施策を改善するかが決まらなければ、使われないデータ置き場になります。

PHR事業では、登録数だけでなく、受診や支援の結果まで確かめます。国内PHR関連市場には2030年に9,980億円という予測があります。

本記事では8社の公表事例を比較し、最初の支払者、取得できるデータ、運用と効果測定の設計を整理します。情報確認日:2026年9月28日。

この記事の結論

PHR事業の中心は、健康情報を集めることではなく、本人の同意を守りながら次の行動へつなぐことです。

  • 国内PHR関連市場は、2023年の3,580億円から2030年に9,980億円へ拡大する予測です。
  • JMDC、Welby、NOBORIなど8社は、保険者、診療、地域、機器という異なる入口を持ちます。
  • 参入余地は、健診後フォロー、慢性疾患支援、接続・同意管理、データを使う業務支援の四つです。

目次

PHR(個人の健康・医療情報)とは?本人を中心につなぐ仕組み

PHRは本人を中心に健康・医療情報を管理・活用する仕組みです。集める情報ごとに、誰のどの判断に使うかを決めます。

経済産業省は、PHRを生涯にわたる個人の保健医療情報として説明しています。健診、予防接種、薬、検査結果などの医療に近い情報と、本人や機器が測るバイタルや生活記録を含む考え方です。

たとえば、高血圧の人が家庭で測った血圧を記録し、診察時に医師へ共有できれば、診察室で一度測った値だけに頼らずに済みます。健診で血糖値の悪化を指摘された人へ、歩数や食事の記録をもとに支援を届ける使い方もあります。

PHRで扱われる主な情報は、次の四つに分けると理解しやすくなります。

PHRで扱う四つの情報
情報の種類 具体例 主な発生場所 活用場面
公的な保健情報 特定健診、予防接種、乳幼児健診 健保、自治体、マイナポータル 健康状態の確認、受診勧奨
診療情報 傷病名、薬剤、検査結果、アレルギー 病院、診療所、薬局 診療、服薬管理、救急対応
本人が測る情報 血圧、体重、症状、服薬状況 家庭、PHRアプリ 慢性疾患の自己管理、療養指導
機器が測る情報 歩数、心拍、睡眠、血糖 ウェアラブル、家庭用機器 生活改善、状態変化の把握

四つの情報は、集める場所より、誰が次の判断に使うかで価値が決まります。

PHRが健康・医療情報を本人中心で循環させる仕組み
図1:経済産業省、厚生労働省、PHRサービス事業協会の公表内容をもとにイノベーション総研作成。

大切なのは、PHRの「P」がPersonalであることです。病院や保険者の都合で情報をまとめるだけではなく、本人が見られ、必要な相手へ共有でき、利用目的を理解できる状態が出発点になります。

電子カルテ・EHR・マイナポータルと何が違うか

PHR、医療機関の記録、公的な連携基盤は役割が異なります。取得できる情報と対象地域、共有の条件を個別に確認します。

PHR、電子カルテ、EMR、EHR、マイナポータルは、同じ健康情報を扱うため混同されやすい言葉です。違いは、誰が記録を持ち、何のために使うかにあります。

PHR・電子カルテ・EHR・マイナポータルの違い
用語 主な管理主体 主な情報 主な目的
PHR 本人を中心に管理 健診、診療、薬、バイタル、生活記録 自己管理、共有、継続支援
電子カルテ・EMR 一つの医療機関 診療記録、検査、処方、画像 院内の診療と業務
EHR 医療機関・地域等 医療機関をまたぐ診療情報 診療記録の電子化・医療者間共有など(用語の範囲は文脈で異なる)
マイナポータル 国の公的基盤 薬、健診、医療費、予防接種など 本人による公的情報の確認と連携

電子カルテは、医師や看護師が診療で使う記録です。一方、PHRは、本人が自分の健康管理や医療者との対話に使う記録です。

つまり、両者は競合するものではなく、必要な情報を安全につなぐ関係にあります。

マイナポータルは、行政機関等が保有する情報を本人が確認し、連携する入口です。民間PHRは、連携した情報と日々の記録を組み合わせて利用者を支援します。

ただし、情報の種類、更新時期、取得できる地域や利用条件はAPIごとに異なります。

デジタル庁のPMH情報連携APIは、2026年7月29日更新の案内で、実証参加自治体の対象住民に限定されています。予防接種、母子保健、医療費助成等を扱いますが、全国の住民の全記録を一度に取得できるAPIではありません。

利用者登録等APIの併用、申請・審査、開発とテストも必要です。

同案内にある利用開始まで半年〜1年程度という期間は、過去の導入事例からの目安です。企画段階で最初の自治体・対象者・必要項目を特定し、審査と接続試験を事業日程へ組み込みます。

APIが公開されていることと、すぐに自社サービスで使えることは分けて判断します。

PHR市場の「2030年に約1兆円」予測をどう読むか

約1兆円は関連サービスを含む2030年の市場予測です。自社の売上は、最初の支払者と提供する仕事から見積もります。

経済産業省の公表資料(10ページ)では、国内PHR関連サービス市場を2023年3,580億円、2030年9,980億円と推計しています。約2.8倍という見通しは、PHRサービス事業協会の会員へのアンケート等に基づく試算です。

2023年も市場全体の売上を実測した確定値ではありません。

国内PHR関連サービス市場
市場区分 2023年推計 2030年予測 含まれるサービス
狭義のPHRサービス 2,730億円 8,790億円 収集、記録、管理、可視化、分析、行動変容、医療者との共有
生活者・患者の健康管理に役立つ周辺サービス 850億円 1,190億円 生活者・患者の健康管理に資する関連サービス
合計 3,580億円 9,980億円 PHRを中心とする関連市場

試算では狭義のPHRサービスが増加の中心です。周辺領域を含む集計のため、アプリの利用料だけの市場や、すべての健康機器の市場としては扱いません。

事業の入口としては、保険者の健診後フォロー、自治体の母子保健、医療機関と患者の情報共有、家庭用機器の記録連携などがあります。後述の企業事例は、同じPHRでも、導入を決める相手と必要な運用が異なることを示しています。

自社の売上機会は、保険者、企業、自治体、医療機関、個人のどこから対価を得るかを決めて見積もります。例えば保険者向けなら、提案可能な保険者数、対象人数、課金対象、単価、導入率を置き、接続・問い合わせ対応費を差し引きます。

市場全体の2.8倍を、そのまま自社の売上成長率に置き換えないことが重要です。

予防・健康管理全体の構造は、予防医療の事業機会でも整理しています。本記事は、その中でも本人中心のデータ連携と継続利用に焦点を絞ります。

健康データを集めても、使われなければ価値にならない

PHRの成果は、記録の量だけでは測れません。受診や支援の完了、現場の負担、安全性を導入目的に合わせて確かめます。

PHRサービスが止まりやすい理由は、情報を集めることと、価値を返すことの間に距離があるからです。

PHRの価値は、データ量ではなく、次の行動が変わることです。

第一に、入力の負担があります。たとえば、毎日、体重、食事、症状、薬を手入力するサービスは続きにくくなります。

また、機器や公的APIから自動取得できても、連携設定が複雑なら利用開始で離脱します。

第二に、表示から行動へつながらないことです。歩数や検査値を並べるだけでなく、利用者が目標を確認し、必要な案内や専門職の支援にたどり着けるようにします。

個別の病気の診断や治療方針の決定を、一般的な健康情報の提供と混同しない設計が必要です。

第三に、診療側の受け入れ体制がないことです。大量の生活ログを送る前に、診察で確認する項目、要約の方法、担当者と確認する時点を決めます。

常時監視を行わないサービスなら、そのことを利用者にも分かる形で伝えます。

第四に、支払者が何を改善したいか不明確なことです。登録率に加え、健診後の受診確認、保健指導の完了、対応にかかる時間など、導入目的に合う指標を選びます。

健康状態や医療費への効果を主張するには、利用者の属性、観察期間、比較対象まで確認します。

PHRは、GLP-1市場で広がる治療支援のように、薬を使う前後の生活や継続を支える基盤にもなります。記録の量ではなく、治療や行動のどの場面を良くするかを先に決めることが重要です。

FHIRと医療DXはPHRをどう変えるか

FHIRはデータ交換の標準です。本人の対応付け、単位、更新時点、共有権限までそろえて初めて現場で使える情報になります。

FHIRは接続の土台であり、同意や運用責任まで解決しません。

PHRへ診療情報を取り込むには、病院ごとに異なるデータをつなぐ必要があります。ここで使われる標準の一つがHL7 FHIRです。

FHIRは、医療情報を電子的に交換するためにHL7 Internationalが公開する標準です。

FHIRでは、患者、検査結果、薬、アレルギーなどを「リソース」と呼ぶ小さな単位に分けます。Webサービスで広く使われるAPIの考え方を採り入れているため、従来よりアプリから扱いやすくなりました。

FHIRへ変換しても、検査コード、単位、取得時点、本人の対応付けが合わなければ、同じ意味の記録として使えません。FHIRには同意や監査記録を表す仕組みもありますが、誰に何を許可するかという運用・法的判断は実装側で行います。

接続先が採用するバージョンと実装ガイドも合わせます。

厚生労働省の電子カルテ情報共有サービスは、診療情報提供書(退院時サマリーを添付)、健診結果、臨床情報、患者サマリーを共有する仕組みを示しています。2026年6月には技術解説書が更新されていますが、仕様の公開だけで全医療機関の接続が完了したことにはなりません。

利用する医療機関と情報項目を確認します。

医療DXで電子カルテ・公的情報・PHRがつながる流れ
図3:FHIRによる接続と運用上の確認事項を整理。図は機能の関係であり、同意を後から取ればよいという手順ではありません。取得・共有の前に必要な説明と同意等を確認します。

この仕組みを事業に使う際は、接続の成功率だけでなく、更新失敗、本人の取り違え、同意の変更を検知・処理する工程が必要です。データの取得元と日時を医療者へ示し、古い情報や未確認情報を診療の確定情報と混同させない設計にします。

8社のPHR活用事例を一覧で比較する

8社の違いは、保険者、診療、地域、機器・OSという利用者への入口です。提供機能と、検証された効果を分けて比較します。

保険者、医療機関、地域・自治体、機器・OSの四つの入口で8社を整理します。表は各社の公表機能と狙いの比較です。

導入件数、利用状況、健康上の効果は異なるため、すべてを同じ水準の成功実績として評価するものではありません。

PHR企業8社の活用事例
企業・サービス 主な入口 つなぐ情報 提供する価値
JMDC「Pep Up」 健康保険組合 健診、医療費、歩数、健康施策 加入者の行動変容と保健事業の効率化
DeSCヘルスケア「kencom」 健保・健診 健診結果、将来リスク、日々の活動 健康情報を楽しく継続して使う体験
Welby「Welbyマイカルテ」 患者・医療機関 血圧、血糖、食事、薬、検査値 慢性疾患の自己管理と診療時の共有
PSP「NOBORI」 病院・健診施設 検査、画像、薬、健診、本人記録 医療情報の本人閲覧と他院・家族への共有
TISI「ヘルスケアパスポートplus」 地域・自治体 医療・健康・生活データ 地域の健康づくりと関係者間連携
NECソリューションイノベータ「デジタル健康手帳」 自治体・住民 行政、医療、服薬、健診、母子保健 住民、家族、医療、行政をつなぐ
オムロン ヘルスケア「OMRON connect」 家庭用機器 対応する測定機器の健康データ 測定の自動記録と変化の把握
Apple「ヘルスケア/Health Records」 スマートフォンOS 端末・アプリの健康情報。Health Recordsによる病院接続は提供国に制限 個人端末を健康データのハブにする

8社の違いは、アプリ機能よりも、利用者へ届く入口と支払者にあります。

保険者を入口に、日常利用をつくる

保険者向けPHRでは、加入者が使う画面と保健事業の運用を一緒に設計します。ID配布の次に、実際の利用と支援の結果を追います。

保険者向けPHRは、健診結果を返すだけでなく、保健事業と日々の行動を結びます。

JMDC「Pep Up」は保健事業と本人の行動をつなぐ

JMDCのPep Upは、健康保険組合などが加入者へ提供するPHRサービスです。健診結果や健康年齢を見やすくし、歩数記録、イベント、ポイント、情報配信を組み合わせます。

JMDCの公式ページでは、2026年3月時点の導入は276保険者です。2026年9月28日に確認した掲載値は803万発行IDで、導入保険者の半数以上が登録率50%以上とされています。

これらは同社が示す導入・登録の指標です。

発行ID、登録、継続利用、健康上の効果は別の指標です。803万IDを、そのまま日常的な利用者数や健康が改善した人数とは読めません。

自社で保険者向けサービスを作る場合も、配布するIDの規模と、受診などの行動に結び付いた人数を分けて測ります。

Pep Upは記録・イベント・通知・申請など、保険者と加入者の双方に関わる機能をまとめています。参考になるのは、加入者を集める接点と、保険者が運用する仕事をセットで設計している点です。

業務がどれだけ減るかは、導入先の対応時間や既存システムとの重複を測って確かめます。

DeSCヘルスケア「kencom」は続けたくなる体験を重視する

kencomは、健診結果や将来の生活習慣病リスクを確認しながら、日々の健康づくりに取り組むサービスです。利用者は、所属する保険者や健診施設などを通じて登録します。

PHRでは、正しい情報を置くだけでは利用が続きません。kencomは、健診結果を直感的に見せ、将来リスクや日常コンテンツへつなぐことで、「健診のときだけ開く画面」から日常の接点へ変えようとしています。

JMDCとDeSCの事例からは、保険者向けPHRの競争軸が、データ量だけではないことが分かります。保険者の業務に組み込める管理機能と、加入者が使い続ける仕掛けの両方が必要です。

保険者・医療機関を入口にするPHR4社の違い
図4:JMDC、DeSCヘルスケア、Welby、PSPの公式サイトをもとにイノベーション総研作成。

診療を入口に、本人の記録を医療へ戻す

診療向けPHRは、情報を共有する医療機関と確認する場面を決めます。記録の表示機能だけで治療上の効果を評価しません。

診療起点では、家庭で測った情報を医療者が短時間で判断できる形へ戻すことが重要です。

Welbyは慢性疾患の自己管理を診療へつなぐ

Welbyマイカルテは、血圧、血糖、体重、食事、運動、薬などの自己管理を支えるPHRです。医療機関との共有には、サービスを導入した医療機関が発行する情報開示先IDの登録と、本人の設定・同意が必要です。

IDがなくても個人の記録用として利用できます。

家庭の血圧や食事は、診察室だけでは分かりません。そこでWelbyは、患者の記録をグラフで見せ、医師や管理栄養士が療養指導に使える形へします。

さらに、家庭用機器やAppleヘルスケア、Googleヘルスコネクトとも連携します。

この事例を参考にするなら、医療機関が記録を見る場面と、患者へ説明する担当を先に決めます。家庭の記録をグラフ化できる機能と、それによって治療成績が改善したという評価は別です。

初期導入では、記録の欠測、診察時の確認時間、利用者の負担を併せて測ります。

PSP「NOBORI」は病院の検査結果と画像を本人へ返す

NOBORIは、提携医療機関の検査結果、医療画像、薬、健診結果等を本人が確認し、医療者や家族と共有するPHRです。連携施設や施設側の公開設定によって、取得・表示できる情報は異なります。

すべての病院の全記録が自動で集まる仕組みではありません。

健診施設向けのNOBORIの案内では、結果表の配信、予約等の通知、受診勧奨、チャットによる保健指導が紹介されています。結果の閲覧から施設との連絡へつなぐ設計が参考になります。

導入時には、どの項目をいつ公開し、問い合わせへ誰が答えるかを確認します。

診療起点のPHRは、医療機関との接続が強い一方、病院ごとの導入が必要です。技術だけでなく、窓口案内、患者登録、共有同意、問い合わせ対応まで含めた導入運用が競争力になります。

地域・行政を入口に、必要な支援へつなぐ

地域PHRでは、参加自治体・施設と対象住民を絞り、案内、同意、問い合わせを担う体制まで整えます。 地域PHRは、一つの組織では届きにくい住民へ、行政、医療、家族を通じて支援を届けます。

TISIは地域の医療と健康づくりをつなぐ

ヘルスケアパスポートplusは、生活者を中心に医療・健康情報をつなぐPHR基盤です。公式ページには、千葉県君津市と連携したPHR普及や、宮崎県都農町等での新生児期から高齢期までの健康・医療情報管理の事例が紹介されています。

地域の窓口を使って住民へ届ける取り組みです。紹介ページだけでは、全住民への定着率や健康改善の大きさまでは確認できません。

地域PHRでは、一つの病院だけで完結しません。自治体、病院、薬局、介護、健康サービスなど、異なる組織が参加します。

そのため、機能の豊富さ以上に、どの情報を誰が見られるか、住民へどう説明するか、地域で運営を続けられるかが重要です。

NECのデジタル健康手帳は行政情報を生活者へ返す

NECソリューションイノベータのデジタル健康手帳は、マイナポータルから取得する情報と、住民の健康情報をアプリでまとめるPHRです。母子健康手帳、医療・服薬情報、家族の見守り、保健指導などを扱います。

公式サイトでは熊本県荒尾市への導入と、仙台市での実証を紹介しています。東村山市の2026年1月15日の発表は、妊婦と6歳以下の子どもを持つ保護者を対象に、1月15日〜3月31日に試用を行い、春の本運用を目指すという内容です。

導入済みの事例と、この時点の試用・計画を分けて読みます。

一方、自治体案件は調達、住民説明、既存システム連携が必要です。導入自治体数だけでなく、住民の登録率、継続率、保健師の業務変化まで設計しなければ定着しません。

地域・機器・OSを入口にするPHR4社の役割
図5:地域・機器・OSという入口の違い。AppleのHealth Recordsによる医療機関連携は提供国に制限があり、2026年9月28日確認時点の対象国一覧に日本は含まれていません。

機器・OSを入口に、記録の手間を減らす

機器連携は入力の手間を減らしますが、測定品質や国内での利用可能性は別の確認事項です。自動連携だけで診療利用を保証しません。

機器やOSは、毎日の測定とスマートフォン利用を入口に、入力の負担を減らします。

OMRON connectは測定を自動記録へ変える

OMRON connectは、対応する測定機器からスマートフォンへ健康データを転送し、記録を確認するアプリです。導入する機器の型番、対応OS、連携できる項目を組み合わせて確認します。

機器からの転送は、転記の手間を減らす方法です。一方、自動記録だけでは測定時刻・条件や機器の精度までそろいません。

診療に使う場合は、医療者と必要な測定条件を決め、機器の利用方法、欠測、異常値の取り扱いを確認します。

機器メーカーがPHRへ広がる場合、測れる項目を増やすだけでは不十分です。医療者へ共有する要約、生活改善の提案、異常時の受診案内など、測定後の行動まで設計する必要があります。

Appleは個人端末を健康データのハブにする

AppleのヘルスケアアプリとHealthKitは、端末や対応アプリの健康データを扱う基盤です。対応医療機関から診療記録を取り込むHealth Recordsは別の機能で、Appleの国・地域別機能一覧では、2026年9月28日確認時点で米国、英国、カナダが掲載され、日本は掲載されていません。

日本の事業で同機能による病院連携を当然の前提には置けません。

Appleの技術仕様では、Health RecordsはFHIR R4とDSTU2に対応し、新規にはR4を推奨しています。医療機関側にはSMART on FHIR等の条件があります。

日本でHealthKitなどを使う場合も、取得可能な情報、利用許諾、本人のアクセス許可を個別に確認します。

その一方で、OS事業者の仕様変更や利用許諾に影響されます。PHR事業者は、OS連携を活用しながら、自社が持つべき同意記録、顧客関係、支援ノウハウを明確にする必要があります。

PHR企業の事例から考える四つの設計条件

利用者に届く接点、負担の少ない記録、役割別の情報表示、理解できる同意・共有管理を、事業設計の条件として確認します。 各社の提供機能と導入の進め方から、自社の企画で確かめたい四つの条件を整理します。

一つ目は、明確な入口を持つことです。たとえば、健保、病院、自治体、機器、OSのいずれかを通じて利用者へ届けば、広告だけに頼らずに済みます。

そのため、広く個人を集める前に、すでに信頼関係がある接点を使います。

二つ目は、入力を自動化することです。公的API、電子カルテ、家庭用機器、スマートフォンから取得し、利用者の手入力を最小限にします。

ただし、自動取得した情報の更新日と出所は分かるようにします。

三つ目は、役割ごとに情報を短くすることです。具体的には、本人には次の行動、医療者には診療に必要な変化、保険者には対象者と施策成果を返します。

つまり、同じデータを、全員へ同じ画面で見せないことが重要です。

四つ目は、本人が共有範囲を理解して選べることです。国の基本的指針は2025年4月に改定されています。

これを補完する「PHRサービス提供に関わるガイドライン第4.1版」は、PHR普及推進協議会とPHRサービス事業協会が2026年9月26日に共同公表しました。情報の取り扱いとサービスの有効性・安全性を検討する手掛かりになります。

第4.1版はAMED研究に基づく10領域の知見を整理していますが、その存在だけで個別アプリの効果が証明されるわけではありません。対象者、機能、利用期間、測った指標が自社サービスに当てはまるかを確認し、不明な点は検証計画へ残します。

自社はPHRのどこへ入れるか

自社の顧客接点を開き、持つべき責任と提携が必要な部分を確認します。

01 保険者・企業との接点がある

健診を年1回の通知で終わらせず、受診や生活改善へつなげます。

  • 支援対象者を適切に選べる
  • 保健師や医療機関と連携できる
  • 実施率や改善率を測れる
02 医療機関・患者との接点がある

一つの疾患と診療場面へ絞り、家庭データを診療に戻します。

  • 医師が見る情報を要約できる
  • 異常値への対応責任を決められる
  • 診療報酬外の支払者を設計できる
03 データ連携・セキュリティに強い

接続だけでなく、本人確認、同意、名寄せ、変更履歴まで支えます。

  • FHIRや公的APIへ接続できる
  • 利用目的と権限を記録できる
  • 障害時の責任分界を契約できる
04 機器・生活サービスの利用習慣がある

測定の手間を減らし、記録後の助言や支援まで設計します。

  • 測定品質と単位をそろえられる
  • 利用を継続する理由をつくれる
  • 医療判断との境界を説明できる
05 使う人と支払者がまだ決まらない

機能を増やす前に、一つの困りごとと次に動く人を確定します。

  • 本人の便益を一文で説明できる
  • 誰が費用を負担するか決まる
  • 中止・見送り条件を合意できる

NEXT STEP

次のステップ

「データを集める」から、「次の行動を変える」事業設計へ。

顧客接点、本人同意、データ連携、現場運用を一つの構造にし、参入・提携・待機・見送りの条件を明確にします。

PHRで狙える四つの新規事業

最初は一つの利用場面と支払者に絞り、支援対象者を分母にして行動の結果と運用費を測ります。 新規参入では、万能なPHRアプリを作るより、顧客の困りごとが強い工程を選ぶ方が現実的です。

PHRで狙える四つの新規事業
参入方法 最初の顧客・支払者 提供価値 必要な提携先 主な収益
健診後フォロー基盤 健保、企業、健診施設 要受診者の抽出、受診勧奨、継続支援 医療機関、保健師、機器会社 ID課金、運用受託、成果連動
慢性疾患の診療連携 病院、診療所、製薬企業 家庭データの要約、療養指導、服薬支援 医師、機器会社、電子カルテ会社 施設課金、患者課金、共同事業
PHR接続・同意管理API PHR事業者、自治体、医療機関 マイナポータル、FHIR、機器接続と同意記録 ID認証、セキュリティ、法務 初期接続費、API従量課金、保守
データを使う業務支援 保険者、自治体、医療機関 対象者選定、要約、効果測定、次の施策 専門職、分析会社、現場運用会社 SaaS、分析料、業務受託

参入方法を選ぶ基準は、持っている技術ではなく、最初の顧客と利用場面にあります。

参入では、機能より先に、利用場面と支払者を一つに絞ります。

PHRで狙える四つの新規事業と参入条件
図6:公的資料と8社の事例をもとにイノベーション総研作成。

健診後フォローは「年1回」を「次の行動」へ変える

健診結果の返却後、要受診者が医療機関へ行かず、翌年まで何も起きないことがあります。ここに、受診勧奨、予約、生活改善、結果確認をつなぐ余地があります。

支払者の候補は健保、企業、健診施設です。実際の契約では担当する役割とデータの取り扱いを確認し、適切な権限の下で対象者への案内、受診予約、受診確認をつなぎます。

事業主が費用を払う場合も、個人の詳細な診療情報をそのまま人事・上司へ共有する設計にはしません。

例えば、受診が必要と判定され、適切な説明・同意等を経てフォロー対象となった120人について、3か月後の受診状況を確認する架空例を考えます。医療上の判定基準は専門職と定め、案内が届かなかった人も当初の対象人数から勝手に外しません。

架空例:登録数ではなく受診確認まで追う
確認する段階 仮定する人数 読み取れること
支援の対象者 120人 集計開始時に対象と期間を固定
案内の到達を確認 90人 到達率75%。届かない30人の理由を確認
受診済みと確認 60人 対象者の50%。到達者だけなら66.7%
受診確認に至らない 60人 未受診と状況不明を分けて管理

案内が届いた90人のうち60人の受診を確認したと仮定しています。この例の受診確認割合は60÷120=50%です。

到達した90人だけで割る66.7%とは意味が違います。確認が取れない人を「未受診」と断定せず、確認できた受診・未受診・不明を別々に報告します。

運用費を60万円と仮定すれば、確認できた受診1人当たりの運用費は1万円です。ただし、これはPHRによって追加で受診した1人の費用ではありません。

導入による効果を評価するには、従来の勧奨との比較、対象者の違い、観察期間をそろえた検証が必要です。

慢性疾患支援は一つの診療場面へ絞る

糖尿病、高血圧、心不全などでは、家庭の記録が診療に役立ちます。ただし、対象疾患を広げすぎると、医師が見る指標と警告ルールを作り切れません。

最初は「高血圧患者の家庭血圧を受診前に要約する」など、診療場面を一つに絞ります。医師が何秒で確認し、誰が異常値へ対応し、記録をどこへ残すかまで設計します。

接続APIは変換より運用責任で差がつく

接続支援では、対象のAPI、自治体・医療機関、データ項目を限定して提供範囲を決めます。特にPMHのように利用条件と審査がある仕組みでは、API利用開始までの日程と、追加開発・運用費を見積もりに含めます。

本人確認、同意の取得と撤回、データの出所、更新失敗の検知、問い合わせ対応を一つにすることで価値が残ります。医療データを扱うため、ゼロトラストの考え方も参考になります。

業務支援は「誰が次に動くか」まで決める

分析画面を提供しても、現場の担当者が動けなければ成果は出ません。要受診者を抽出した後、保健師が連絡するのか、本人へ自動案内するのか、医療機関へ予約をつなぐのかを決めます。

研究への二次利用は、日常の健康管理とは別に目的と提供先を整理します。第4.1版ガイドラインも、個人情報、仮名加工情報、匿名加工情報を区別しています。

名前を消すだけで自由に外部提供できるとは扱わず、適用法令、加工方法、同意等の根拠、安全管理と再識別の防止を法務・研究担当者と確認します。

PHR参入前に確認する六つの壁

参入前には、同意、データ品質、医療者の対応、継続利用、支払者の目的、医療判断との境界を確認します。 第一の壁は、利用目的や共有先が伝わらないことです。

診療共有、保健指導、研究、広告等を整理し、必要な説明と同意、変更・利用停止への対応を実装します。取得するデータや利用形態によって適用条件は異なるため、同意画面だけで法令対応が終わるとは考えません。

第二の壁は、記録の品質です。単位、コード、測定条件、本人IDが違えば、一覧に並べても比較できません。

接続件数だけでなく、誤りを検知する工程、修正担当、更新履歴を決めます。

第三の壁は、医療者の責任が曖昧になることです。たとえば、異常値を受信したのに見なかった場合、誰が対応するのかが問題になります。

そのため、常時監視を約束するのか、診察時だけ見るのかを、画面と契約の両方で明確にします。

第四の壁は、利用が続かないことです。たとえば、ポイントで登録者を増やしても、支援が終われば離脱する場合があります。

そのため、日々開かせることだけを目標にせず、健診後、受診前、服薬中など、使う理由が生まれる場面を設計します。

第五の壁は、支払者と利用者の利益のずれです。本人の便益を守ったうえで、支払者が改善したい仕事と指標を合意します。

登録を増やすだけでなく、支援の完了、対応時間、安全上の問題や利用者の負担も確かめます。

第六の壁は、医療判断との境界です。記録の保存・閲覧と、病気の診断・治療を支援する機能では必要な確認が異なります。

厚生労働省の医療機器該当性ガイドラインに沿って、使用目的、処理内容、表示・広告、誤動作時のリスクを整理し、該当性に迷う段階で専門家や担当窓口へ相談します。一般的な健康情報の提供と、個別の医学的判断を伴うサービスも分けて設計します。

安全管理では、アクセス権限と委託先を点検し、漏えい等の発生時の対応、問い合わせ窓口、利用終了時の返却・移行・削除の方針まで契約と運用でそろえます。保存が必要な情報と削除する情報を整理し、本人に説明した扱いを事業終了時にも実行できるか確認します。

自社はPHRへ参入すべきか

顧客接点だけでなく、必要なデータと運用・医療上の責任を担えるかで、参入、提携、待機、範囲縮小を判断します。 参入を勧めやすいのは、すでに健保、医療機関、自治体、測定機器などの入口を持つ企業です。

顧客へ新たな健康管理アプリを売るのではなく、既存業務の困りごとをPHRで解けます。

提携から始めるべきなのは、顧客接点はあるものの、医療データ接続やセキュリティの経験がない企業です。既存PHR、電子カルテ会社、測定機器会社、専門職と組み、自社は営業、運用、特定場面のサービス設計に集中します。

待つべきなのは、誰が支払うか決まっていない場合です。「健康データを集めれば将来使える」という理由だけで開発すると、利用目的も継続価値も曖昧になります。

まず、健診後の未受診、診療時の情報不足、自治体の案内負担など、一つの課題を選びます。

見送りや範囲の縮小を選ぶのは、利用目的を説明できない、必要な医療者との連携がない、安全管理や終了時対応を実行できない場合です。予約案内や集計などへ機能を絞る場合も、サービス名ではなく実際のデータと機能で必要な法令対応を確認します。

「PHR」と呼ばなければ責任がなくなるわけではありません。

PHRについてよくある質問

PHRを検討する際に混同しやすい用語と、事業化の入口を簡潔に整理します。

Q. PHRとは何ですか?

A. PHRはPersonal Health Recordの略で、本人を中心に生涯の健康・医療情報を管理し、活用する仕組みです。健診、薬、検査結果に加え、血圧、歩数、睡眠なども含みます。

Q. PHRと電子カルテの違いは何ですか?

A. 電子カルテは主に医療機関が診療で使う記録です。PHRは本人が自分の健康管理や医療者との共有に使います。情報の一部は重なりますが、管理主体と利用目的が違います。

Q. PHRとEHRは同じですか?

A. 同じではありません。EHRは複数の医療機関などが診療情報を共有する仕組みです。PHRは本人を中心に、医療情報と日々の健康情報を扱います。連携することで価値が高まります。

Q. PHRの市場規模はどれくらいですか?

A. 経済産業省の公表資料では、国内PHR関連サービス市場は2023年3,580億円、2030年9,980億円と推計されています。PHRサービス事業協会の会員へのアンケート等に基づく試算で、PHRと生活者・患者の健康管理に資するサービスを含みます。自社の市場は、支払者と提供する仕事を絞って見積もります。

Q. PHRで新規事業へ参入するなら何から始めますか?

A. 健診後フォロー、慢性疾患支援、接続・同意管理、データを使う業務支援のいずれかに絞ります。最初に、支払者、利用場面、必要データ、対応責任、成果指標を決めます。

まとめ|PHRを記録置き場で終わらせない

PHR事業では、情報を集める機能と、その後の行動・診療・保健事業をつなぎます。利用規模、現場の改善、健康上の効果を別々に検証します。

PHRは、本人を中心に健診、診療、薬、日々のバイタルをつなぐ仕組みです。電子カルテやEHRが医療提供側の記録であるのに対し、PHRは本人が見て、必要な相手と共有し、健康管理へ使う点に特徴があります。

市場は2030年に約1兆円へ広がると予測されています。しかし、データを集めるだけでは事業になりません。

JMDC、DeSCヘルスケア、Welby、NOBORI、TISI、NEC、オムロン、Appleの事例は、保険者、医療、地域、機器という明確な入口が必要なことを示しています。

新規事業の候補は、健診後フォロー、慢性疾患の診療連携、接続・同意管理API、データを使う業務支援です。どの方法でも、本人へ価値を返し、支払者の成果を示し、医療者の責任を曖昧にしない設計が欠かせません。

PHRは、健康情報をためる箱ではありません。必要な人が、必要な場面で、次の行動を選べるようにする運用基盤です。

参考文献

本文の定義、数値、制度、企業事例は、次の公表資料で確認しました。

利用条件と事例の確認には、NEC・東村山市の2026年1月発表、NOBORI健診サービス、Appleの国・地域別機能一覧、PHRガイドライン第4.1版本文、厚生労働省・プログラムの医療機器該当性ガイドラインも参照しています。

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PHRの事業機会を、自社の顧客接点と責任から具体化する。

保険者、医療、地域、機器のどこを入口にするかを整理し、誰が支払い、何を自社で持ち、誰と組むかを設計します。

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この記事の執筆・監修

執筆

イノベーション総合研究所 編集部

監修

長尾 浩平(株式会社イノベーション総合研究所 代表取締役)

外部出典

経済産業省、厚生労働省、デジタル庁、HL7 International、PHRサービス事業協会、JMDC、DeSCヘルスケア、Welby、PSP、TIS、NECソリューションイノベータ、オムロン ヘルスケア、Appleの公式サイト・公表資料。根拠は本文中のリンクから確認できます。

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