投稿日:2026.09.08 最終更新日:2026.09.20
PHR(個人の健康・医療情報)は誰のための記録か|8社と事業機会
健康診断の結果は会社の健保サイト、血圧は家庭用の測定器、服薬情報はお薬手帳、検査結果は病院のシステムにあります。同じ人の情報なのに、保管場所はばらばらです。
こうした健康・医療情報を本人が管理・活用する仕組みを、PHR(Personal Health Record)と呼びます。健診、予防接種、薬、検査結果に加え、歩数、睡眠、血圧などの日々の記録も含みます。
ただし、情報を一つのアプリへ集めれば価値が生まれるわけではありません。記録が増えても、本人が次に何をするか、医療者が診療で何を見るか、保険者がどの施策を改善するかが決まらなければ、使われないデータ置き場になります。
PHR事業は、健康データを行動・診療・保健事業へ戻せるかで決まります。本記事では、基礎、市場、8社の活用事例、新規事業の参入方法、懸念を順番に整理します。
この記事の結論
PHR事業の中心は、健康情報を集めることではなく、本人の同意を守りながら次の行動へつなぐことです。
- 国内PHR関連市場は、2023年の3,580億円から2030年に9,980億円へ拡大する予測です。
- JMDC、Welby、NOBORIなど8社は、保険者、診療、地域、機器という異なる入口を持ちます。
- 参入余地は、健診後フォロー、慢性疾患支援、接続・同意管理、データを使う業務支援の四つです。
目次
PHR(個人の健康・医療情報)とは?本人を中心につなぐ仕組み
経済産業省は、PHRを生涯にわたる個人の保健医療情報として説明しています。健診、予防接種、薬、検査結果などの医療に近い情報と、本人や機器が測るバイタルや生活記録を含む考え方です。
たとえば、高血圧の人が家庭で測った血圧を記録し、診察時に医師へ共有できれば、診察室で一度測った値だけに頼らずに済みます。健診で血糖値の悪化を指摘された人へ、歩数や食事の記録をもとに支援を届ける使い方もあります。
PHRで扱われる主な情報は、次の四つに分けると理解しやすくなります。
| 情報の種類 | 具体例 | 主な発生場所 | 活用場面 |
|---|---|---|---|
| 公的な保健情報 | 特定健診、予防接種、乳幼児健診 | 健保、自治体、マイナポータル | 健康状態の確認、受診勧奨 |
| 診療情報 | 傷病名、薬剤、検査結果、アレルギー | 病院、診療所、薬局 | 診療、服薬管理、救急対応 |
| 本人が測る情報 | 血圧、体重、症状、服薬状況 | 家庭、PHRアプリ | 慢性疾患の自己管理、療養指導 |
| 機器が測る情報 | 歩数、心拍、睡眠、血糖 | ウェアラブル、家庭用機器 | 生活改善、状態変化の把握 |
四つの情報は、集める場所より、誰が次の判断に使うかで価値が決まります。

大切なのは、PHRの「P」がPersonalであることです。病院や保険者の都合で情報をまとめるだけではなく、本人が見られ、必要な相手へ共有でき、利用目的を理解できる状態が出発点になります。
電子カルテ・EHR・マイナポータルと何が違うか
PHR、電子カルテ、EMR、EHR、マイナポータルは、同じ健康情報を扱うため混同されやすい言葉です。違いは、誰が記録を持ち、何のために使うかにあります。
| 用語 | 主な管理主体 | 主な情報 | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| PHR | 本人を中心に管理 | 健診、診療、薬、バイタル、生活記録 | 自己管理、共有、継続支援 |
| 電子カルテ・EMR | 一つの医療機関 | 診療記録、検査、処方、画像 | 院内の診療と業務 |
| EHR | 複数の医療機関・地域 | 医療機関をまたぐ診療情報 | 医療者間の診療情報共有 |
| マイナポータル | 国の公的基盤 | 薬、健診、医療費、予防接種など | 本人による公的情報の確認と連携 |
電子カルテは、医師や看護師が診療で使う記録です。PHRは、本人が自分の健康管理や医療者との対話に使う記録です。両者は競合するものではなく、必要な情報を安全につなぐ関係にあります。
マイナポータルは、国が持つ情報へ本人がアクセスする入口です。民間PHRは、その情報に日々の血圧や歩数を加え、見やすくし、支援へつなげます。デジタル庁のPMH情報連携APIでは、本人の同意を得て、予防接種や母子保健などの情報を民間サービスから照会・登録する仕組みが公開されています。
PHR市場は2030年に約1兆円へ広がる
経済産業省の市場規模試算では、国内のPHR関連サービス市場は2023年の3,580億円から、2030年に9,980億円へ伸びる見込みです。約2.8倍です。
| 市場区分 | 2023年 | 2030年予測 | 含まれるサービス |
|---|---|---|---|
| 狭義のPHRサービス | 2,730億円 | 8,790億円 | 収集、記録、管理、可視化、分析、行動変容、医療者との共有 |
| 生活者・患者の健康管理に役立つ周辺サービス | 850億円 | 1,190億円 | 健康機器、関連アプリ、健康支援など |
| 合計 | 3,580億円 | 9,980億円 | PHRを中心とする関連市場 |
成長の中心は狭義のPHRですが、機器や周辺サービスを含む市場である点に注意が必要です。

市場が伸びる理由は、健康アプリが増えるからだけではありません。企業と健康保険組合は健康経営やデータヘルスを進め、自治体は母子保健や予防接種をデジタル化し、医療機関は電子カルテ情報の共有に備えています。家庭用の血圧計やウェアラブルも、日常データの入口になりました。
一方、市場規模には機器や周辺サービスも含まれます。PHRアプリだけで約1兆円になるという意味ではありません。新規事業では、誰が支払う市場かを、保険者、企業、自治体、医療機関、個人に分けて考える必要があります。
予防・健康管理全体の構造は、予防医療の事業機会でも整理しています。本記事は、その中でも本人中心のデータ連携と継続利用に焦点を絞ります。
健康データを集めても、使われなければ価値にならない
PHRサービスが止まりやすい理由は、情報を集めることと、価値を返すことの間に距離があるからです。
PHRの価値は、データ量ではなく、次の行動が変わることです。
第一に、入力の負担があります。毎日、体重、食事、症状、薬を手入力するサービスは続きにくくなります。機器や公的APIから自動取得できても、連携設定が複雑なら利用開始で離脱します。
第二に、数字の意味が伝わりません。「昨日は5,000歩でした」と表示するだけでは、今日の行動は変わりません。本人の目標や状態に合わせ、「昼休みに10分歩く」「今週中に受診予約をする」まで翻訳する必要があります。
第三に、医療者が見る時間を持てません。毎分の心拍や大量の生活ログをそのまま診察室へ送れば、重要な変化が埋もれます。異常候補、前回との差、本人の困りごとを短くまとめなければ、診療の負担を増やします。
第四に、支払者の成果が曖昧です。保険者や企業が費用を負担する場合、登録率だけでは継続判断ができません。健診後の受診、服薬継続、保健指導への参加、事務負担の減少など、導入目的に沿った指標が必要です。
PHRは、GLP-1市場で広がる治療支援のように、薬を使う前後の生活や継続を支える基盤にもなります。記録の量ではなく、治療や行動のどの場面を良くするかを先に決めることが重要です。
FHIRと医療DXはPHRをどう変えるか
FHIRは接続の土台であり、同意や運用責任まで解決しません。
PHRへ診療情報を取り込むには、病院ごとに異なるデータをつなぐ必要があります。ここで使われる標準の一つがHL7 FHIRです。FHIRは、医療情報を電子的に交換するためにHL7 Internationalが公開する標準です。
FHIRでは、患者、検査結果、薬、アレルギーなどを「リソース」と呼ぶ小さな単位に分けます。Webサービスで広く使われるAPIの考え方を採り入れているため、従来よりアプリから扱いやすくなりました。
ただし、FHIRへ変換すれば、すべてのデータが同じ意味になるわけではありません。同じ検査でも、病院によって項目名やコードが違うことがあります。本人の取り違えを防ぐ名寄せ、単位の統一、誤記の修正、更新時刻の管理も必要です。
日本では、厚生労働省の電子カルテ情報共有サービスが、診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果などを共有する基盤を整えています。2026年6月には、システムベンダー向け技術解説書の更新も公表されました。

医療DXが進むほど、PHR事業者の仕事は「画面を作ること」から「正しくつなぎ、必要な場面へ返すこと」へ移ります。接続、同意、データ品質、医療者向け要約を一つの運用にできる企業に機会があります。
8社のPHR活用事例を一覧で比較する
PHRは一つの市場ではありません。誰を入口にするかで、使われる情報、支払者、価値が変わります。ここでは、保険者、医療機関、地域・自治体、機器・OSの四つに分けて8社を比較します。
| 企業・サービス | 主な入口 | つなぐ情報 | 提供する価値 |
|---|---|---|---|
| JMDC「Pep Up」 | 健康保険組合 | 健診、医療費、歩数、健康施策 | 加入者の行動変容と保健事業の効率化 |
| DeSCヘルスケア「kencom」 | 健保・健診 | 健診結果、将来リスク、日々の活動 | 健康情報を楽しく継続して使う体験 |
| Welby「Welbyマイカルテ」 | 患者・医療機関 | 血圧、血糖、食事、薬、検査値 | 慢性疾患の自己管理と診療時の共有 |
| PSP「NOBORI」 | 病院・健診施設 | 検査、画像、薬、健診、本人記録 | 医療情報の本人閲覧と他院・家族への共有 |
| TISI「ヘルスケアパスポートplus」 | 地域・自治体 | 医療・健康・生活データ | 地域の健康づくりと関係者間連携 |
| NECソリューションイノベータ「デジタル健康手帳」 | 自治体・住民 | 行政、医療、服薬、健診、母子保健 | 住民、家族、医療、行政をつなぐ |
| オムロン ヘルスケア「OMRON connect」 | 家庭用機器 | 血圧、体重、体温、活動量など | 測定の自動記録と変化の把握 |
| Apple「ヘルスケア/Health Records」 | スマートフォンOS | 端末・アプリ・対応医療機関のFHIR情報 | 個人端末を健康データのハブにする |
8社の違いは、アプリ機能よりも、利用者へ届く入口と支払者にあります。
保険者を入口に、日常利用をつくる
保険者向けPHRは、健診結果を返すだけでなく、保健事業と日々の行動を結びます。
JMDC「Pep Up」は保健事業と本人の行動をつなぐ
JMDCのPep Upは、健康保険組合などが加入者へ提供するPHRサービスです。健診結果や健康年齢を見やすくし、歩数記録、イベント、ポイント、情報配信を組み合わせます。
2026年時点の公式情報では、270以上の保険者へ導入され、発行IDは803万を超えています。JMDCは、レセプトや健診データの分析を土台に、一人ひとりへ異なる情報を返せる点を強みにしています。
事業上のポイントは、最初から個人へ直接販売しないことです。保険者が支払者になり、加入者との接点を作ります。PHR単体ではなく、保健事業の案内、参加管理、インセンティブまで運用することで、保険者側の仕事も減らしています。
DeSCヘルスケア「kencom」は続けたくなる体験を重視する
kencomは、健診結果や将来の生活習慣病リスクを確認しながら、日々の健康づくりに取り組むサービスです。利用者は、所属する保険者や健診施設などを通じて登録します。
PHRでは、正しい情報を置くだけでは利用が続きません。kencomは、健診結果を直感的に見せ、将来リスクや日常コンテンツへつなぐことで、「健診のときだけ開く画面」から日常の接点へ変えようとしています。
JMDCとDeSCの事例からは、保険者向けPHRの競争軸が、データ量だけではないことが分かります。保険者の業務に組み込める管理機能と、加入者が使い続ける仕掛けの両方が必要です。

診療を入口に、本人の記録を医療へ戻す
診療起点では、家庭で測った情報を医療者が短時間で判断できる形へ戻すことが重要です。
Welbyは慢性疾患の自己管理を診療へつなぐ
Welbyマイカルテは、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの自己管理を支えるPHRです。血圧、血糖、体重、食事、運動、薬などを記録し、本人が同意すれば医療機関へ共有できます。
家庭の血圧や食事は、診察室だけでは分かりません。Welbyは、患者の記録をグラフで見せ、医師や管理栄養士が療養指導に使える形へします。家庭用機器やAppleヘルスケア、Googleヘルスコネクトとも連携します。
ここでの価値は、患者に「記録してください」と頼むだけでは生まれません。医療者が診療で使い、患者が助言を受け取る往復があるから、記録する理由ができます。
PSP「NOBORI」は病院の検査結果と画像を本人へ返す
NOBORIは、提携医療機関が持つ検査結果、医療画像、薬、健診結果などを、本人がスマートフォンで確認できるPHRです。本人の操作で、他の医療機関や家族へ情報を共有できます。
PSPは医療画像システムを提供してきた企業です。その接続資産を使い、病院内に閉じていた画像や検査結果を患者側へ返しています。健診施設向けには、結果表のデジタル配信、予約通知、受診勧奨、チャットによる保健指導も提供します。
診療起点のPHRは、医療機関との接続が強い一方、病院ごとの導入が必要です。技術だけでなく、窓口案内、患者登録、共有同意、問い合わせ対応まで含めた導入運用が競争力になります。
地域・行政を入口に、必要な支援へつなぐ
地域PHRは、一つの組織では届きにくい住民へ、行政、医療、家族を通じて支援を届けます。
TISIは地域の医療と健康づくりをつなぐ
ヘルスケアパスポートplusは、生活者を中心に医療・健康情報をつなぐ地域向けのPHR基盤です。自治体が住民の健康づくりを進める入口としても活用されます。
地域PHRでは、一つの病院だけで完結しません。自治体、病院、薬局、介護、健康サービスなど、異なる組織が参加します。そのため、機能の豊富さ以上に、どの情報を誰が見られるか、住民へどう説明するか、地域で運営を続けられるかが重要です。
NECのデジタル健康手帳は行政情報を生活者へ返す
NECソリューションイノベータのデジタル健康手帳は、マイナポータルから取得する情報と、住民の健康情報をアプリでまとめるPHRです。母子健康手帳、医療・服薬情報、家族の見守り、保健指導などを扱います。
公式サイトでは、熊本県荒尾市への導入、仙台市での実証、東村山市での母子健康手帳導入が紹介されています。自治体が持つ行政サービスとの接点を使い、健康関心が高い人だけでなく、支援が必要な住民へ届けられる点に特徴があります。
一方、自治体案件は調達、住民説明、既存システム連携が必要です。導入自治体数だけでなく、住民の登録率、継続率、保健師の業務変化まで設計しなければ定着しません。

機器・OSを入口に、記録の手間を減らす
機器やOSは、毎日の測定とスマートフォン利用を入口に、入力の負担を減らします。
OMRON connectは測定を自動記録へ変える
OMRON connectは、対応する血圧計、体重体組成計、活動量計、体温計などの測定値をスマートフォンへ転送するアプリです。利用者は最新値や過去の変化をグラフで確認できます。
家庭で毎日測る機器は、PHRの重要な入口です。測定値を手入力する負担がなく、同じ条件で継続的に集めやすいからです。オムロンの強みは、アプリだけでなく、信頼される測定機器と利用習慣を持つことにあります。
機器メーカーがPHRへ広がる場合、測れる項目を増やすだけでは不十分です。医療者へ共有する要約、生活改善の提案、異常時の受診案内など、測定後の行動まで設計する必要があります。
Appleは個人端末を健康データのハブにする
AppleのヘルスケアアプリとHealthKitは、iPhoneやApple Watch、対応アプリから健康データを集める基盤です。米国などで提供するHealth Recordsでは、対応医療機関のFHIR形式の診療情報を本人が端末へ取り込めます。
Appleの技術仕様は、Health RecordsがFHIR R4を支援し、医療機関側にSMART on FHIRによる認証などを求めています。OSが共通の入口になると、個別アプリは測定機器との接続を一から作らずに済みます。
その一方で、OS事業者の仕様変更や利用許諾に影響されます。PHR事業者は、OS連携を活用しながら、自社が持つべき同意記録、顧客関係、支援ノウハウを明確にする必要があります。
PHR事業の勝ち筋は四つある
8社の事例から、共通する勝ち筋は四つに整理できます。
一つ目は、明確な入口を持つことです。健保、病院、自治体、機器、OSのいずれかを通じて利用者へ届けば、広告だけに頼らずに済みます。広く個人を集める前に、すでに信頼関係がある接点を使います。
二つ目は、入力を自動化することです。公的API、電子カルテ、家庭用機器、スマートフォンから取得し、利用者の手入力を最小限にします。ただし、自動取得した情報の更新日と出所は分かるようにします。
三つ目は、役割ごとに情報を短くすることです。本人には次の行動、医療者には診療に必要な変化、保険者には対象者と施策成果を返します。同じデータを、全員へ同じ画面で見せないことが重要です。
四つ目は、同意をサービス体験に組み込むことです。PHR普及推進協議会が2026年9月に公表したガイドライン第4.1版は、サービス品質、情報セキュリティ、個人情報保護に加え、複数の疾患・健康領域のエビデンスも整理しています。同意は長い規約を一度表示して終わりではなく、何のために誰へ渡すのかを理解し、変更や撤回ができる設計が必要です。
自社はPHRのどこへ入れるか
自社の顧客接点を開き、持つべき責任と提携が必要な部分を確認します。
NEXT STEP
次のステップ
「データを集める」から、「次の行動を変える」事業設計へ。
顧客接点、本人同意、データ連携、現場運用を一つの構造にし、参入・提携・待機・見送りの条件を明確にします。
PHRで狙える四つの新規事業
新規参入では、万能なPHRアプリを作るより、顧客の困りごとが強い工程を選ぶ方が現実的です。
| 参入方法 | 最初の顧客・支払者 | 提供価値 | 必要な提携先 | 主な収益 |
|---|---|---|---|---|
| 健診後フォロー基盤 | 健保、企業、健診施設 | 要受診者の抽出、受診勧奨、継続支援 | 医療機関、保健師、機器会社 | ID課金、運用受託、成果連動 |
| 慢性疾患の診療連携 | 病院、診療所、製薬企業 | 家庭データの要約、療養指導、服薬支援 | 医師、機器会社、電子カルテ会社 | 施設課金、患者課金、共同事業 |
| PHR接続・同意管理API | PHR事業者、自治体、医療機関 | マイナポータル、FHIR、機器接続と同意記録 | ID認証、セキュリティ、法務 | 初期接続費、API従量課金、保守 |
| データを使う業務支援 | 保険者、自治体、医療機関 | 対象者選定、要約、効果測定、次の施策 | 専門職、分析会社、現場運用会社 | SaaS、分析料、業務受託 |
参入方法を選ぶ基準は、持っている技術ではなく、最初の顧客と利用場面にあります。
参入では、機能より先に、利用場面と支払者を一つに絞ります。

健診後フォローは「年1回」を「次の行動」へ変える
健診結果の返却後、要受診者が医療機関へ行かず、翌年まで何も起きないことがあります。ここに、受診勧奨、予約、生活改善、結果確認をつなぐ余地があります。
支払者は健保、企業、健診施設です。成果はアプリ登録数ではなく、要受診者への到達率、受診率、保健指導の完了率で測ります。既存の健診システムと保健師の仕事へ組み込めるかが重要です。
慢性疾患支援は一つの診療場面へ絞る
糖尿病、高血圧、心不全などでは、家庭の記録が診療に役立ちます。ただし、対象疾患を広げすぎると、医師が見る指標と警告ルールを作り切れません。
最初は「高血圧患者の家庭血圧を受診前に要約する」など、診療場面を一つに絞ります。医師が何秒で確認し、誰が異常値へ対応し、記録をどこへ残すかまで設計します。
接続APIは変換より運用責任で差がつく
FHIR、マイナポータル、機器APIをつなぐ支援には需要があります。しかし、接続できるだけでは価格競争になります。
本人確認、同意の取得と撤回、データの出所、更新失敗の検知、問い合わせ対応を一つにすることで価値が残ります。医療データを扱うため、ゼロトラストの考え方も参考になります。
業務支援は「誰が次に動くか」まで決める
分析画面を提供しても、現場の担当者が動けなければ成果は出ません。要受診者を抽出した後、保健師が連絡するのか、本人へ自動案内するのか、医療機関へ予約をつなぐのかを決めます。
匿名・仮名加工したデータの研究利用は、AI for Scienceの研究データ基盤とも接点があります。ただし、PHRで集めた情報を別目的に使う場合、本人への説明と法的整理を先に行う必要があります。
参入前に越える五つの壁
第一の壁は、同意が形式化することです。利用目的を一つの長文へまとめると、本人は何に同意したか分かりません。診療共有、保健指導、研究、広告などを分け、後から変更できるようにします。
第二の壁は、データが同じ意味にならないことです。単位、コード、測定条件、本人IDが違えば、一覧に並べても比較できません。接続件数より、誤りをどの工程で検知し、誰が修正するかを設計します。
第三の壁は、医療者の責任が曖昧になることです。異常値を受信したのに見なかった場合、誰が対応するのかが問題になります。常時監視を約束するのか、診察時だけ見るのかを、画面と契約の両方で明確にします。
第四の壁は、利用が続かないことです。ポイントで登録者を増やしても、支援が終われば離脱する場合があります。日々開かせることだけを目標にせず、健診後、受診前、服薬中など、使う理由が生まれる場面を設計します。
第五の壁は、売り手と受益者がずれることです。個人が便利でも、費用を負担する健保や医療機関に成果が見えなければ契約は続きません。本人の利益を損なわず、支払者の業務や成果も改善する指標が必要です。
個人の健康情報は、漏えい時に取り戻せません。技術的な安全性だけでなく、委託先、問い合わせ、データ削除、事業終了時の移行まで確認します。介護ロボットの現場導入と同じく、導入後の運用まで含めて商品です。
自社はPHRへ参入すべきか
参入を勧めやすいのは、すでに健保、医療機関、自治体、測定機器などの入口を持つ企業です。顧客へ新たな健康管理アプリを売るのではなく、既存業務の困りごとをPHRで解けます。
提携から始めるべきなのは、顧客接点はあるものの、医療データ接続やセキュリティの経験がない企業です。既存PHR、電子カルテ会社、測定機器会社、専門職と組み、自社は営業、運用、特定場面のサービス設計に集中します。
待つべきなのは、誰が支払うか決まっていない場合です。「健康データを集めれば将来使える」という理由だけで開発すると、利用目的も継続価値も曖昧になります。まず、健診後の未受診、診療時の情報不足、自治体の案内負担など、一つの課題を選びます。
見送るべきなのは、本人へ利用目的を説明できない、医療者の責任範囲を決められない、事業終了時にデータを返せない場合です。PHRという名称を使わず、匿名の統計、予約支援、健康情報コンテンツなど、扱える責任に戻します。
PHRについてよくある質問
PHRを検討する際に混同しやすい用語と、事業化の入口を簡潔に整理します。
まとめ|PHRを記録置き場で終わらせない
PHRは、本人を中心に健診、診療、薬、日々のバイタルをつなぐ仕組みです。電子カルテやEHRが医療提供側の記録であるのに対し、PHRは本人が見て、必要な相手と共有し、健康管理へ使う点に特徴があります。
市場は2030年に約1兆円へ広がると予測されています。しかし、データを集めるだけでは事業になりません。JMDC、DeSCヘルスケア、Welby、NOBORI、TISI、NEC、オムロン、Appleの事例は、保険者、医療、地域、機器という明確な入口が必要なことを示しています。
新規事業の候補は、健診後フォロー、慢性疾患の診療連携、接続・同意管理API、データを使う業務支援です。どの方法でも、本人へ価値を返し、支払者の成果を示し、医療者の責任を曖昧にしない設計が欠かせません。
PHRは、健康情報をためる箱ではありません。必要な人が、必要な場面で、次の行動を選べるようにする運用基盤です。
参考文献
本文の定義、数値、制度、企業事例は、次の公表資料で確認しました。
- 経済産業省「PHR(Personal Health Record)とは」
- 経済産業省「PHR関連サービスの市場規模試算」
- 厚生労働省「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」
- 厚生労働省「電子カルテ情報共有サービス」
- デジタル庁「PMH情報連携API」
- PHR普及推進協議会「PHRサービス提供に関わるガイドライン第4.1版」
- PHRサービス事業協会
- HL7 International「FHIR」
- JMDC「Pep Up」
- DeSCヘルスケア「kencom」
- Welby「Welbyマイカルテ」
- PSP「NOBORI」
- TISI「ヘルスケアパスポートplus」
- NECソリューションイノベータ「デジタル健康手帳」
- オムロン ヘルスケア「OMRON connect」
- Apple「Health Records technical requirements」
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